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19

「ハーミアさん、最初はわたしと踊ると約束済みでしたね」
 素早く目を上げたハーミアは、顔色ひとつ変えずにうなずいた。
「はい。 参りましょう」
 そして、指のない絹の手袋をはめた手を、そっとラルフの手のひらに預けた。
 三人の若者の刺すような視線を平気で受け流し、ラルフは黒い瞳をいたずらっぽく輝かせて、ハーミアを踊りの渦に引き入れた。
 ちょうどペアでの踊りは終わり、二列に並んでカドリールが始まったところだった。 男性たちがつないだ手を上げてアーチを作り、その下を女性たちがくぐっていく。 テンポが速くなればなるほど列は乱れ、歓声が上がった。
 崩れかけた隊列から急いですり抜けたハーミアを、さっとラルフが腕で庇った。 また曲が変わり、今度はワルツになった。
 これも非常にスピード感があった。 人々は二重の大きな輪になってくるくると回り、次第に目まで回し出した。
 疲れた年長者から順に抜けていき、顔を真っ赤にほてらせて小走りに動く若人たちを見物した。
「やれやれ、よく息が続くもんだ」
「わしだって十年前にはもっと高く飛んださ」
 次の曲はトロットで、目立ちたがりの青年たちが、あちこちで飛び上がっては踵を打ち合わせていた。 特に目立っていたのはカークたち三人組で、まるでラルフに見せつけるように舞いあがってみせていた。
 残念ながら、一番見てほしかっただろうハーミアは、ほとんど周りに注意を払わず、上手に踊りながら真剣な表情でラルフと言葉を交わしていた。
「では、村を歩いてはいけないと?」
「歩いていけないとは言っていない。 探索するのはやめなさいと言っているんです」
「アレンマス村には友達が多いんです。 決まった人たちだけと付き合うと不公平だし」
「いいですか、お嬢さん。 この世は人形劇の舞台じゃない。 あなたの予想している以上に恐ろしいものが、陰から飛び出してきたらどうします?」
「もううっすらと見えているんじゃないですか?」
 噛み締めた歯の間から、ハーミアは息で訊き返した。
「この十年で五隻の船が遭難しました。 いつも嵐か、それに近い悪天候の夜に。 そのうち三隻が金持ちの船、残りの二隻は密輸船と密航船でした。 まちがってますか?」
「いや、正しいです」
 情報の少ない中で、よく調べあげている。 ラルフは本気で心配になってきた。
 歯を食いしばったまま、ハーミアは後を続けた。
「乗客はほぼ全員死んでいます。 女性は二十五人の死者のうち六人だけですが、いくら波にもまれたとはいえ、つけていたはずの宝石を、指輪まですべて失っています。 服はぼろぼろでも脱げないでいたのに」
「よしなさい!」
 ラルフは語気を強めた。
「ハーミア。 君は勘がよすぎる。 いや、もしかすると現場を目撃したのか?
 どちらにしても、忘れたままでいなさい。 それで押し通すんだ。 なにしろ、乗客でただ一人生き残ったのは……」
「ええ。 私です」
 声が震えた。
「本当は私……」
「何も見なかった。 何も聞かなかった。 わかるね?」
 ハーミアの眼が、いぶった薪のように黒っぽく燃えた。
「忘れます。 でもその前に一言だけ教えて。 あなたは何を知っているの?」


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