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沖からの一陣の風がラルフの帽子を揺らし、ハーミアのコートをはためかせた。
手を上げて、傾いた帽子を被りなおしながら、ラルフは悟った。 ハーミアは罪の意識を感じているのだ。 船で漕ぎ出した仲間がすべて命を落としたのに、自分だけが生き残ってしまったことに。
そう思い当たると、初めてラルフはハーミアに同情を覚えた。 養い親にかわいがられ、男達にちやほやされても、意外なほど物静かで図に乗らないわけがわかったと思った。
「責任を感じることはない。 あなたは運が良かったんだ。 神が授けた幸運を、素直に喜ぶべきだ」
答える代わりに、ハーミアは歩き出した。 崖の端から、元来た道筋へ。 ラルフもゆっくりした足取りでついていった。
二人が肩を並べて戻ってきたので、庭を探していたユーナ夫人はすっかり驚き、おろおろして二人に突進した。
「ハーミア! あなたバートンさんとご一緒だったの?」
「お墓参りに行くと言ったら、護衛を買ってでてくださったの」
涼やかな声で、ハーミアが母の疑いを打ち消した。 その態度にラルフははっとしたが、表情には見せず、陽気にうなずいた。
「のどかな土地ですが、やはり女性ひとりではお歩きにならないほうが」
あなたと一緒のほうがよほど物騒だわ、と言いたいのをこらえて、ユーナはハーミアを抱えるようにした。
「それはどうも。 でもできれば早朝の墓参りなんて止めていただきたかったわ。 ハーミア、外出するときには必ず私に言ってね。 心配したのよ」
「ごめんなさい」
ハーミアはおとなしく詫びた。
遅めの朝食の後、ラルフはアシュダウンを誘って、村の方へ散策に出た。 食後の腹ごなしには散歩が一番だ。
木陰を歩きながらアシュダウンはゲップをし、礼儀正しくあやまった。
「失礼。 この辺りは食事がうまいので、つい食べ過ぎて」
「朝のチャウダーは絶品でしたな」
「その通り」
二人の話し声を聞きつけたらしく、通りすがりの窓が開いて、きりっとした顔の中年紳士が頭を出した。
「おお、やはりバートンくんか」
「ヒルズ先生!」
掛け値なしに驚いて、ラルフは高い声をあげて窓に歩み寄った。
「ドクター・ジェレマイア・ヒルズ! こんなところで何をやってるんです?」
「もちろん医者だよ。 わたしに他にできることがあるかね?」
相好を崩しながら、ジェレマイアは嬉々として答えた。
二人は軍隊での知り合いだった。
「そうか、君も近衛を辞めたのか。 わたしは六年前に退役した。 腕や足の骨切りをするときに、押えつけておける体力がそろそろなくなったのでね」
生粋の商人であるアシュダウンは、麻酔なしで手術する話にぞっとして顔をしかめた。 思いがけないところで旧友に再会した医師は、なんとか手放すまいとして、素早く頭をめぐらせた。
「散歩中かね? 緊急の用事じゃなさそうだが」
「ええ、ただぶらぶらしているだけですが」
「そうか! それなら、ちょっと家でホイストでもしていかんかね。 積もる話もあるし」
ラルフよりアシュダウンのほうが乗り気になった。
「ホイスト! いいですなあ。 でも、四人いませんと」
「助手のハルに、ウォーレンを呼んでこさせましょう。 いつも暇を持てあましている地主なんですよ。 喜んで来るでしょう」
アシュダウンとラルフの腕を取るようにして、ジェレマイアはこじんまりした居間に案内した。
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