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14

 自分で言った通り、ハーミアの足は古びた教会堂へまっすぐに進んでいった。 小さくてところどころ痛んではいるが、十三世紀から建っているという由緒ある石造りの教会で、苔むした低い塀に囲まれていた。
 中へ入ったハーミアは、迷わずに四角い墓地に入り、小さな十字架の前にひざまずいた。 何度も来慣れている様子だった。
 ラルフも木の陰で帽子を取り、首を垂れて遭難者の冥福を祈った。 無言で背中を見ていると、ハーミアは墓にかかった落ち葉をはらい、静かに立ち上がった。 そして、振り返らずに裏口へ進んでいった。
 そこから出ると、すぐ海だった。 表から回っていくか、それとも見られる危険を冒してすぐ後をついていくか、ラルフは一瞬迷ったが、結局そのままハーミアと同じ道をたどることにした。

 教会の裏手は、崖に続いていた。 その端には灯台の建物が立っている。 崖は馬蹄形に入り江を取り巻き、裾を白い波に洗われていた。
 ハーミアが向かったのは、灯台のある左の崖ではなく、反対側のもう少し細い台地だった。 そこは足場が悪く、角度を持った岩が突き出ているので、心配になったラルフは足を早め、間もなく少女に追いついた。
 ボンネットが足音を聞きつけて振り向きかけたので、ラルフは先手を打って呼びかけた。
「やあ! こんなに朝早く、誰かと待ち合わせ?」
 ハーミアは立ち止まり、肩越しにラルフを鋭く見やった。
「お墓参りと、景色を見に」
「景色か」
 縁の側に体を置いて、さりげなくハーミアを護りながら、ラルフは額に手をかざして海原をながめた。
「今日は凪いでいるようだ。 もう漁に出ている船がいる」
「ええ」
 珍しく素直に、ハーミアも応じた。
「ずっと遠くまで輝いて見えます」
 彼方に浮かぶ大陸に視線を定めて、ラルフは不意に切り込むように尋ねた。
「海に投げ出されたときのことを、どのくらい覚えている?」
 間髪を入れず、ハーミアは答えた。
「何も」
 早すぎた。 ラルフは目を細めて、頑固そうに口をつぐんだ横顔を見た。
「何も? みしみしと割れていく船の悲鳴、家族の呼び合う声、荒波に巻かれたときの恐ろしさ、どれもまったく記憶にないの?」
 ハーミアは顔をそむけ、足場を選んで歩き出した。 ラルフは離れずについていった。
 崖の端近くに岩のくぼみがあって、白っぽく変色していた。 その近くまでたどりつくと、ハーミアは立ち止まり、うつむいてその浅い穴を見つめた。
「バートンさん、一つ訊いていいですか?」
「どうぞ、いくつでも」
 少し驚いて、ラルフは答えた。 するとハーミアは、靴の爪先で穴の縁に触れ、小声で言った。
「軍隊にいらしたんでしょう? それなら、雨の中でも発火させるにはどうしたらいいか、わかりますか?」

 明るくて、いつもは茶目っ気たっぷりのユーモアをたたえているラルフの黒い瞳が、不意に冷徹な光を放った。 静かな声が注意した。
「いいかね、お嬢さん。 そういう質問はやめなさい。 わたしにだけじゃなく、村の者にも。 もちろんパーティーの話題にしてもいけない」
 そこで、おびえさせてはいけないと意識して、ラルフは表情をゆるめた。
「若く美しい女性には、もっとふさわしい話があるでしょうに」
 ハーミアは顔をもたげて、ゆっくりと入り江を見渡した。 そして呟いた。
「きっと理由があるはずです。 私だけが生き残ったという事実には」


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