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旅行用の大型箱馬車が用意され、馬丁たちががっしりした馬を取り付け始めた頃、軽やかな蹄の音がして、二人の紳士が門から入ってくるのが見えた。
一階の玄関広間で、召使が次々に運んでくる荷物を数えていたユーナは、素早く窓辺に寄って前庭を眺めた。
「アシュダウンさんに、ラルフ……やっぱりね」
美人と聞くと目がないんだから、と呟きかけて途中で止め、ユーナは気ぜわしく階段の下に行って、二階に呼びかけた。
「ハーミア、降りてきなさい。 もう出かける時間よ!」
「はい、お母様」
声と共にハーミアがすべるように階段を下ってきた。 薄青い旅行服の上にグレイのコートをまとっている。 地味できちんとした身なりなのに、光を散らしたように明るく感じられた。
外では、馬丁にぽんと手綱を投げて、若い方の紳士が馬から飛び降りたところだった。 もう一人の三十代半ばの男性は、慎重な動作であぶみから足を外し、ゆっくりと降り立った。
玄関へ入る前に、若い紳士は窓ガラスに近寄って上半身を映し、クラバット(=ネクタイの一種)がちゃんとしているか確かめた。 低く口笛を吹きながら飾りを直していると、たまたま窓の中を通りすぎようとしていた女性と顔が合った。
いきなり窓から覗きこまれて、彼女は驚いた様子で足を止めた。 彼のほうもぎょっとなったが、内心の動揺を表には出さず、帽子を軽く上げてにっこりと微笑んでみせた。
なれなれしい仕草だった。 窓の中の美しい人は、笑顔の影も見せずに冷たく頭をほんのわずか動かして挨拶すると、すっと歩き去ってしまった。 青年紳士は微笑を苦笑に変え、ぶらぶらと連れの方に戻ってきた。
「なんだか凄い美女と目が合っちゃいましたよ。 にらまれたけど」
話しかけられた相手、製鉄工場主のゲイリー・アシュダウンは、あきれた顔でラルフ・バートン青年を見返した。
「え? 知らないのかね、この屋敷のお嬢さんの評判を? 女泣かせの君としたことが」
「そうなんですか? いや、しばらくウェールズに行ってたもんで」
「彼女はハーミア・チルフォードといって、七年前にここの養女になった娘だ。 フランスの血が入っているらしい」
「なるほど」
ラルフは形のいい眉を上げ、満足そうな表情になった。
「じゃ、あの子も同じ馬車で旅するんですね。 楽しみが増えたな」
「手は出さないように」
心配になったアシュダウンは、厳しい口調でたしなめた。
「あのお嬢さんは確かに養子だが、チルフォード夫妻にしてみれば目に入れても痛くないほど可愛い娘なんだ。 誘惑なんぞしてみなさい。 キースに決闘を申込まれるかもしれない」
「それはそれは」
ラルフは平気だった。
「僕は何もしませんよ。 でも、来るものは拒みませんから」
「よしておきなさい! ただてさえ立場の難しい子なんだ。 そっとしておいてやりなさいよ」
真剣に困っているアシュダウンを見て、ラルフは笑い出した。
「冗談ですよ。 ほんとに何もしません。 それにいくらきれいでも、まだ子供に毛が生えたぐらいじゃないですか。 僕はもうちょっと年上の、女らしい人のほうが」
「その通り、その通り」
ほっとして、アシュダウンは後から着いたもうニ頭の馬を迎えた。 その馬には従者が旅の荷物を抱えて乗っていた。
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