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02

 翌日の早朝、昨夜の風で持ち舟がどうなったか心配して見に来た漁師が、入り江の浜に散らばる残骸を発見した。
 ワット・モーレイというその漁師は、引き裂かれた船体と、砂に打ち上げられた死人とを、難しい顔をして眺めわたした。 そして呟いた。
「あの天気で海峡を渡ってくるなんて、こりゃ密航者だな」
 足元には若い娘が流れ着いていた。 可憐な顔には濡れた髪の毛がはりつき、口元は砂にまみれていた。
「哀れなもんだ」
 溜め息をつきながら、ワットは遺体を次々と引き上げて浜に並べた。 腰を叩きながら数えた人数は、
「五つ、六つ、七つと……お?」
 漁師の鋭い目は、横の崖に挟まるようにして浮いている小さな影を捉えた。 その近くまでは陸伝いに行けたので、膝下まで水に浸かって崖の隙間から引き出すと、子供はかすかに呻いた。
「生きてる!」
 ワットの声が弾んだ。 岩に持ち上げられて呼吸することができたのだろう。 七歳ぐらいのその女の子は、彼の腕の中で二、三度瞬きして、重そうに瞼を開いた。
「おい、しっかりするんだぞ」
 少女はまた眼を閉じた。 安心して息が止まるんじゃないかと、ワットは気が気でなくなって、急いで浜に戻り、子供を軽々と抱いたまま歩き出した。

 昨夜とはうって変わった晴天だった。 畑へ出ようと支度していたホプキンズの親父は、さっき浜に出ていったばかりのワットが何かを抱え、風のような勢いで戻ってきたのを見て、驚いた。
「おう、どうした。 忘れ物かい?」
「遭難だよ!」
 息を切らせて、ワットは通り過ぎながら言い残した。
「シモンズコープで、死人が七人だ」
「そりゃ、えらいことだ」
 ホプキンズも顔色を変え、鋤を壁に立てかけると、あわてて浜に急いだ。

 一時間もすると、アレンマスの村のほぼ全員が入り江に集まり、すでにきちんと並べられて胸に手を組んでいる遺体を遠巻きにして、ひそやかに話を交わしていた。
「たぶんフランス人だな、この連中は」
「この二人はまだ子供だよ、かわいそうに」
「もっとちっこいのをワットが助けたらしい。 ホプキンズの親父が言ってた」
「男三人に女二人、それに子供が三人か」
「密航者だね」
「おそらく国王派だ。 革命軍に追われて逃げてきたんだろう」
 頭巾の女たちがまず頭を垂れ、様々な帽子を被った男たちも脱いで、漂着死体の冥福を天に祈った。

 ワットが駆け込んだのは、村にただ一人の医者であるジェレマイアの家だった。 ジェレマイアは欠伸しながら長い寝巻き姿で出てきたが、それでも快く少女を診察してくれた。
「ふん、水はたいして飲んでいないな。 呼吸は普通だ」
「血を採らなくていいんでしょうか?」
「いや」
 ジェレマイアは苦笑して横に首を振った。
「むしろあったかいものを飲ませてやったほうがいい」
「それじゃ火酒でも」
「よしなさい」
 あわててジェレマイアが引き止めた。
「ただでさえ弱っているのに、白目むいて引っくりかえるぞ。 わしが何とかする。 蜂蜜入りのミルクがよかろうて」


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