表紙
幸福の条件 2



 その夜、久しぶりに美鈴はカンバスの前に立った。 陰鬱〔いんうつ〕で激しい衝動が大波のようにこみあげてきて、原色の絵の具を叩きつけなすりつけ、とうとう徹夜で描きまくってしまった。
  朝、顔を洗い、牛乳をマグで飲みながら眺めると、勢いで描いたわりにはいい出来に思えたので、ためしに画廊の主人である小原に見てもらうことにして持っていった。
「やあ、ずいぶんご無沙汰だったね。 ここへ来る道忘れちゃったんじゃないの?」
  笑いながら出てきた小原は、10号の絵を見て不意に真面目な顔になった。 
 たっぷり5分は見つめていた後、彼はつぶやいた。
「なかなかのものだ。 好き嫌いは分かれるだろうが、わたしはいいと思う。 もちろん欠点はたくさんあるが、ここの力強さなんか訴えるものがある」
  美鈴の顔が嬉しさで上気した。


 こうしてまた美鈴は絵が描けるようになった。 酒が飲めず、カラオケ、ダンスその他派手なことが苦手な美鈴にとって、ほとんど唯一のストレス発散の道が戻ってきたのは幸運だった。
  美鈴はまた創作に打ち込むようになり、寂しく荒々しい感じのする絵を数点仕上げた。 もと文学青年だったと自称する小原は、その絵の一群を
  『嵐が丘のヒースクリフの心境』
  と評して、外国文学をほとんど読まない美鈴を戸惑わせた。
  今度の絵もすぐ売れた。 しかもいつもの常連だけでなく、華道の先生(女性)やレーサーの男性が買っていったと聞いて、美鈴は喜ぶと同時に不思議な気持ちになった。 やりきれない心をぶつけるために描いた、純粋に私的な作品に、何人もの人が共感してくれたのだ。 意を強くした小原は、絵の値段を少しあげた。 それでも描くそばから売れていくのだった。


  ほのかに展望が開けてきた冬が過ぎて、春になった。 四月の初めに、小原が耳寄りな話を持ってきた。 有望な新進画家と見込んで、アメリカから引き合いが来たという。
 「言葉は古いが《武者修行》だと思って行っておいで」
  小原に励まされて、美鈴もその気になった。

  わずかな身の回り品を持った簡素な出発を、小原だけが見送りに来た。 不安はたしかにあったが、積み上げてきた実績と苦い人生経験が、美鈴の味方だった。 もう何があっても大きく動揺しない自信のようなものが、美鈴の心に築きあがっていた。


    2年…… 普通の生活を送っている小市民には短い月日かもしれない。 だが、ニューヨークで推理小説の装丁やDVDの表装を手がけてあっという間に名が売れた美鈴にとっては、目の回るような仕事づくしと成長の日々だった。
  美鈴はどんな仕事にも手を抜かず、睡眠時間をけずってでも誠実に完成させた。 そのかいあって、アメリカに来て2年目の夏に、早くもS.P賞という大きな絵画の賞をもらうこととなった。
  最初その受賞は、日本では絵画専門雑誌に出ただけだった。 だが賞の大きさにふさわしい騒ぎになったのは、海外でカレンダーやポスターの第一人者としてもてはやされているT氏が雑誌の対談で美鈴に言及して、その努力と実力をほめた後だった。

 まもなく美鈴は日本の中心的新聞社にインタビューされ、ひとまず帰国するよう各方面から説得された。


  「パーティーは苦手で……」
「でも、これだけは出ないわけにはいかないよ。 評論家や美術愛好家がたくさん集まって、君を鵜の目鷹の目で観察するんだから」
  小原に冗談半分で脅されて、美鈴はますますしりごみした。 ひとしきりからかった後、小原は真面目になった。
「大丈夫。 君はスタイルがいいから、ちょっと正式な感じのドレスを着れば、どんなんでも似合うよ。 しゃべりたくなければ黙っていていいし、愛想をふりまく必要もない。 堂々としてればいいんだ」

  悩んだ末、美鈴はレンガ色のドレスにした。 大学時代に友人に、赤味がかった色が似合うと言われたことを思い出したからだ。 銀色の花で飾られた会場に入っていくときは気後れしたが、小原が眼を輝かせて誉めてくれたので、少し気持ちが落ち着いた。
  パーティーには女性が少なく、若くて個性的な美鈴はひときわ目についた。 銀髪の上品な紳士がやさしく話しかけてきたり、活気のある中年男性が芸術について語りながらカクテルを持ってきてくれたりした。 銀髪の紳士は山内という実業家で、中年男性のほうは批評家の河西氏だと、小原が小声で教えてくれた。
 小原が友人に呼びかけられて話しこんでいるうちに、美鈴は壁に飾ってある一枚の絵に気を取られた。 情熱的な色使いの抽象画だ。 荒っぽいが惹きつけられるものを感じて、美鈴はしばらく見つめていた。
  不意に右肩の上から声がした。
「ケント・グリーンの絵。 ロンドンの」
  またこの声……! 美鈴は棒を飲んだようになった。
  振り向かない、というより振り向けない美鈴に気付かないらしく、声は淡々と続いた。
「まだまったく無名のときに父が50ドルで買ったんだ。 父は芸術に縁がないんだけど、不思議に売れる画家を見つけるのがうまくて」
  体が硬直したので首が痛くなった。 美鈴がおそるおそる振り向くと、20センチほど上から見ている青年の優しい視線と眼が合った。
  彼はちょっと照れたように微笑んだ。
「こんにちは。 僕を覚えてる? 一度しか会ってないから、忘れてて当然だけど」
  ためらいながら、美鈴は口の中でつぶやいた。
「あの……百円貸してくれたひと?」
「そう!」
  とたんに彼はうれしそうになった。
「朝倉といいます。 君は江口美鈴さんだよね。 パターソン賞もらった人でしょう?」
  なんだか美鈴はひどく面映ゆくなって眼をそらした。 そこで思いついた。
「よく私のこと覚えてましたね。 ペンキだらけのフリーターの顔なんて」
  朝倉は軽く眉を吊り上げた。
「君の顔って個性的だもの。 一度見たら忘れないよ」
  私もこの人の顔を忘れてなかった――美鈴はなんだか懐かしくなって、あのとき以上に着飾っている正装の青年を眺めた。
  優雅なディナージャケット姿の朝倉青年は、気さくに言葉を継いだ。
「父がね、君がアメリカで描いたポスターを見て、ぜひうちの会社のをお願いしたいって。 日本にいる間に頼んでいいかな」
  美鈴はまばたきした。
「私でいいんですか? ニューヨークでもまだ小物だし、日本では全然といっていい無名画家ですよ」
  その話し方が気に入ったらしい。 朝倉はふっと暖かい微笑を見せた。
「なんか、いいなあ。 芸術家って、もっと気難しいと思ってた」
「変わってるとはいわれるけど、気難しいと言われたことはない……」
  考え込んだ美鈴の顔を覗きこむようにして、朝倉が提案した。
「引き受けてくれそうだから、あいてる日を教えて。 細かい打ち合わせをしましょう」


 朝倉の言う『うちの会社』とは、中堅建設会社の海葉建設のことだった。 最近開発が急ピッチで進んでいる浦安に本拠地があり、東京にもオフィスを構えて、堅実に実績を上げている。 不景気な中でも経営は確かだという評判だった。
  朝倉がオーナー社長の息子で、いずれ会社を継ぐ身の上だということを、美鈴は間もなく知った。 2度東京のビルに足を運び、宣伝形態についての打ち合わせを重ねているうちに、化粧室で会った秘書が話しかけてきたのだ。
  鏡を覗いて口紅を直しながら、秘書の成瀬久美は言った。
「ねえ、彼を狙ってる?」
  唐突に露骨な質問をされて、美鈴はぎょっとなった。
「え?」
「朝倉峻よ。 まだ28なのに古いものが好きだから、峻ジイと呼ばれてるの。 知ってる?」
「知らない」
  つられて、美鈴も友達口調になってしまった。 秘書は大口をあけて笑った。
「彼はね、面白いヤツよ。 仕事はよくやるし、設計の腕もある。 でもね、ある点じゃすごく頑固。
 一年ぐらい前かな、新入りの女子社員が彼を追いかけたの。 峻ジイは我慢強くて親切だった。 毎日彼女が持ってくるお弁当を笑顔で受け取ってたわ。 あの分だと両思いになるかなって予想されてたのよ。
  それがね、彼女が大胆になって部屋に誘ったら、あっさり言われたんだな。 君とはあくまでも仕事仲間でいたい、一緒に働く者とは深入りしないって。 彼女、翌日から会社休んで、3日もしないうちに辞めたわ」
「どうしてそんなに詳しく知ってるの?」
  不思議だったので、美鈴は思わず尋ねた。 秘書はちょっと後味悪そうに笑顔を作った。
「実は廊下で立ち聞きしたの。 彼女、私の学校の後輩で、いろいろ相談されてて、その日もそばにいてくれって頼まれたの。 心のどこかで自信がなかったのね、きっと」
  そこでチラッと美鈴を見やって、成瀬は言った。
「あなたってさ、深雪にちょっと似てるんだ。 顔立ちが」

  これは忠告だろうか。 それとも牽制? 美鈴は少し考えたが、悩みはしなかった。 朝倉『峻ジイ』に野心があるわけではなかったからだ。
 彼は、ぱっと人目を惹くタイプではないにしろ、当惑するほど美男だったし、それに何よりも声が洋介に似すぎていた。 朝倉峻と打ち合わせをするたびに、美鈴は気分が落ち込んで、帰りに手近な画廊に寄って、様々な絵を見て心を静めてから家に帰るのだった。 できるなら早くこの仕事を終わりにしたい、というのが、美鈴の偽らざる心境だった。


 幸い、出来上がったポスターは斬新で評判がよく、若者の注意を引いて30代以下の世代の注文が増えたとかで、他の会社からも次々と引き合いが舞い込んだ。 帰国は三ヶ月の予定だったが、延ばさなければならなくなった。 うれしい延期だった。


 慌しく秋が過ぎ、冬が来た。 美鈴のポスターの一枚が広告部門でデザイン賞を獲得し、雑誌のインタビューがあった。 その雑誌が発売されて間もなく、美鈴は一本の電話を受けた。 父から、だった。

  日本有数の酒造会社の六代目社長、桂弘也――53歳のこの人物が、江口美鈴の実の父親だった。 若いころからやり手だった桂は、前社長に目をかけられて婿に入ったその際、身辺をきれいにしろと言われて、あっさり静子を捨てた。 喫茶店のかわいいウェイトレスだった江口静子を。
  静子は身を引いたが、ひとつだけは譲らなかった。 子供を堕ろせと言われても、がんばって生んでしまった。 当惑した桂は一銭の援助もせず、もちろん認知もしなかった。
 そういういきさつがあるので、3年前まで美鈴は何があっても父には会わない決心をしていた。 もちろん頼るなんて問題外だ。
 しかし、今では心境は微妙に変化していた。 新しく買ったおとなしめのスーツを着て、美鈴は待ち合わせ場所のレストランに赴いた。
  桂社長は先に来ていて、奥の特別室で待っていた。 部屋に案内されて入ったとき、美鈴の第一印象は、写真そっくりだ、というものだった。 企業雑誌に掲載されている写真は修整をほどこしていなかったらしい。 桂は地のままでもなかなか見栄えのする紳士だった。


 食事を共にしたあとの帰り道、ゆっくり繁華街を歩きながら、美鈴は幾度も小さいため息をついた。 なにか微妙な気分だ。
 父はやさしかったし、気を遣っていた。 今まで放っておいて悪かったとまで言った。 あらゆる意味で恵まれた結婚で子供だけは授からなかった桂(旧姓栗山)は、自慢できる娘を持ってうれしそうだった。
  そう、自慢できるようになったから認めた――美鈴にはどうしてもそう思えた。 手のひらを返したように親切にされても、その裏の心が透けて見える。 美鈴はその後、桂社長の誘いを二度、丁重に断った。
  三度目に電話をかけてきたとき、桂は思いがけない提案をした。
「人から聞いたんだが、まだあの古い家に住んでるんだって? 名が知られてきて客が多いだろう。 どうだね、都心にマンションを買ったら? 最近は値段が手ごろだし、そろそろまた高くなりそうだから、今買うといいよ。 もちろん言い出したわたしが費用を出すつもりだ」
  即座に断ろうとして、ふっと美鈴は気を変えた。 日本で成功したのは、最初に使ってくれた海葉建設のおかげだ。 社長と、それに朝倉峻にいくらかでも恩返しできるチャンスかもしれなかった。


 美鈴はいろいろと調べ、足を運び、よく考えた末、荻窪にある中規模の中古マンションを選んだ。 父親は不満そうだったが、美鈴は押し切った。 億ションなんて似合わないし、いまさら実の父に恩を売られたくない。 だいぶ生活が楽になってきたとはいえ、美鈴にはやはり、数千万のお金は気の遠くなる大金だった。
  7階建ての最上階に3DKを買い求めてすぐ、美鈴は海葉建設に改装を依頼した。 
 
 間をおかずに責任者が訪れた。 それは美鈴のよく知っている顔、朝倉峻だった。

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