表紙
―氷の城―25

 やがて頃合を見計らって、マーサとケイティがにこにこしながら優雅な襞を取った藍色のドレスを捧げ持って入ってきた。 いよいよ新しい城主の婚約者として、アストリッドは城内の主だった人物たちに披露されるのだった。


 ゆったりと広い回り階段を、バートラムに手を取られてアストリッドは下りていった。 どっしりした生地が足にまとわりついて、衣擦れの音が耳新しい。 一段下るごとに緊張がいや増し、アストリッドは目がくらみそうになっていた。

 大広間は光の洪水だった。 貴重な蝋燭の光をさらに輝かせるために、燭台の背後に鏡が取り付けられ、まるで黄金をちりばめたように見える。 葬儀の直後とはいえ、今宵は新しい城主誕生の祝祭日なのだった。
「胸を張って」
 バートラムが横で囁いた。 アストリッドは懸命に姿勢を正し、顎をもたげた。 満足そうな声が返ってきた。
「それでいい。 なんと美しい姿だ。 まるで妖精の女王のようだ」
 ふたりが近づくと、一斉に麦穂がなびくように、人々が頭を下げた。 その中には、目をまん丸にしたアルマンゾの姿も確かにあった。 ちらっと横目を使っただけだが、アストリッドにはすぐ見分けられた。
 上座に並んで立つと、バートラムはよく響く若々しい声で宣言した。
「今宵ここに集ったのは、わたしことバートラム・ヘイワード・デクスターがこのフォートナイア城を引き継ぎ、領地を治めることになったからだ」
「おめでとうございます!」
 真っ先に、黒々とした髭が立派な大男が進み出て、盃を高くかかげた。
 すぐに回り中が唱和した。
「おめでとうございます!」
 バートラムも、眼をきらきらさせて盃を取った。
「父の魂に平安あれ! わが治世に栄光あれ!」
 祝福の言葉が飛び交い、賑やかに音楽が奏でられ出した。 バートラムの後継が公に承認された瞬間だった。
 人々が席につく前に、もう一つのお披露目があった。 バートラムがアストリッドの手に口づけした後、ずっと柔らかい調子で宣言したのだ。
「めでたい出来事が二つ重なることになったが、こちらはわたしのかねてからの許婚〔いいなずけ〕であるアストリッド・デラメア姫だ。 見栄えも心栄えも美しい、この城にふさわしい花嫁だ。 よしなに頼む!」
 今度はさっきほどの賛成の大合唱とはいかなかった。 家柄からいってデラメア家よりずっとバートラムに近い令嬢たちは、一斉に白けた表情になり、うつむいたり顔をそむけたりした。
 それでも、大部分の家臣はバートラムの決断を認めて、微笑や祝福の眼差しをアストリッドに送ってきた。 注目の中心となって棒のように立ち尽くしていたアストリッドは、バートラムに優しく抱きかかえられて椅子に導かれ、ようやく人心地がついた。
「ただの……普通の夕食と思っていました。 こんな大事な席だったなんて」
「わざと言わなかった」
 子供っぽい笑顔を浮かべて、バートラムは白状した。
「君を余計に緊張させたくなかったんだ。 思ったとおり、素直でよかったよ」




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