表紙
―氷の城―24

 淡い金色をした春の太陽が、次第に長い影を引き始めた頃、カチッと小さな音を立てて、入口の扉が開いた。
 マーサとケイティに挟まれて座っていたアストリッドは、はっとして首を回した。 戸口から入ってきたのは、紛れもなくバートラム・デクスターだった。
 彼の姿を見るとすぐに、二人の侍女は立ち上がって出ていってしまった。 残されたアストリッドは、手をさし伸ばしてバートラムを迎えながら、その鋭さを残した目つきに不安を感じていた。
 バートラムはすぐ横に座って恋人を抱き寄せた。
「ただちにジャレッドに命じて捜索させた。 君を殺そうとした男はゴードといって、ユアン叔父の大弓隊の弓手だ。 村の手前で捕えられるとすぐに、叔父の命令でやったと白状した」
 アストリッドの体に細かい胴震いが走った。
「あの回り戸が開かなければ、私は今ごろ冷たい死体になっていました」
「閉め忘れてよかったわけだ。 君が庭に出てきたときには心臓が止まるかと思ったが」
 肩を抱く手に一段と力が入った。
「すまなかった。 不自由な思いをさせて。
 これからは違う。 まず手始めに、今日の夕食は下に降りて、皆と共に食べよう」

 しばらくは二人きりの時間が過ぎた。 アストリッドを膝に乗せ、子供をあやすように揺すりながら、バートラムはこれまでの経緯をぽつりぽつりと語った。
「父のユージン・デクスターは、イングランドの大鷹と言われるつわものだった。 そうあり続けなければならなかったのだ。 だが実際は、戦場で負った深手と母の死で、半年以上前から気力と体力を共に失い、生きた屍になり果てていた。
 わたしは大して父には似ていない。 ただ、背格好が同じで、幸か不幸か、声だけが生き写しなのだ。
 顔を隠し、少し音域を下げて話せば、誰にもわからないと父の腹心たちに説得された。 ユージン・デクスターは表舞台から去ってはいけない、派手好きで思慮の浅いユアン叔父に領地をめちゃくちゃにされてはならないと」
 肩が揺れた。 不意に負わされた責任の重さにきしんでいるように。
「戦場ではまだよかった。 国へ帰ったふりをしてこっそり戻り、勇敢に戦ってみせればいいのだから。 だが、ここへ、故郷へ帰還してきて、名君と言われた父の代わりをするのは……本当に気苦労だった。 自信も持てなかった。 だからセント・アンドリュー修道院に参って必死で祈った。 沈黙の誓いを立てて、どうぞこの身に力を与えたまえと神に願った」
 苦しげだった声に、丸みが加わった。
「神はわたしの願いをお聞き届けになった。 少なくともわたしはそう思っている。 あそこで君という人に会わせてくれたのだから!
 君はわたしの夢に、目標になった。 君の前に堂々と出ていける日を目指して、私は必死で父になり代わろうとした。 揉め事を静め、いさかいの火種をぼやの内に消し、治安を保った。 ユアン叔父は、この三ヶ月ずっと、父のユージンが政務をやっていたと信じている。 若輩のわたしがしていたなどとは夢にも思っていないのだ。
 君には、君にだけは真実を話したかった。 だが、父が世を去るまでは絶対に口外しないと神にも部下にも誓っていたし、もし万一君が口をすべらせたら、君自身の命が危ない。 だから言えなかった。 どんなに辛かったか……」
 緊張の壁が、アストリッドの心から次第に遠のいていった。 バートラムがこれほど一途に想っていてくれたのが、素直にうれしかった。
 胸の奥に凍りついていた孤独という名の氷が、静かに融けはじめていた。 




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