表紙
―氷の城―23

 マーサがアストリッドを案内した部屋は、わりと小じんまりしていたが落ち着いた雰囲気で、壁に大きな青緑色のタペストリーがかかっていた。 おそらくこの立派な壁掛けのために青の間と呼ばれているらしかった。
 まんまと騙されてアストリッドを一人置き去りにしたことを、マーサは盛んに悔しがった。
「もっと用心すべきでした。 あんな男、バートラム様の側近にはいないのに。 申し訳ありません。 隠し扉から逃げ出せたのは本当にようございました」
 アストリッドが別に怒っていないのに気がついて、マーサはほっとして余裕が出来、ちらりと上気した顔を覗きこんだ。
「もしかして、アストリッド様、あの扉が開くのを前からご存じでした?」
 夢からさめたようになって、アストリッドは首を振って否定した。
「いいえ、たまたま床につまずいて手をかけたら開いたの」
「それは……運がよかったこと」
 マーサは完全には納得していない様子だった。 アストリッドが要領よく裏庭に出て遊んでいたと思ったのかもしれない。

 マーサは呼び出し用のベルを鳴らして人を呼び、ケイティと、それに長い間放っておかれている下男のジョックを呼んでくるように命じた。 アルマンゾから護衛を言いつけられたのにアストリッドから引き離されて、ジョックはとても心配していて、同じ故郷から来たただ一人(一匹)の仲間、馬のブルーベルの世話をしながら愚痴をこぼす毎日だったそうだ。
 馬屋にいたジョックはすぐ見つかって、そばかすだらけの顔をほころばせて駆けつけ、アストリッドの無事を喜んだが、ケイティのほうはなかなか発見できなかった。
 小半時ほどしてようやく現れたものの、髪は乱れ、息は上がり、更に手の甲に切り傷まであったので、アストリッドはびっくりして駆け寄った。
「ケイティ! どうしたの?」
「アストリッド様!」
 無事な女主人を目にして、ケイティは敷居に座りこみそうになった。
「寿命が十年は縮みましたよ。 お部屋に行ったらめちゃめちゃに散らかっていて、扉は開けっ放し。 おまけに恐ろしいことに戸の上に仕掛けがしてあって、入ろうとして動かしたら短剣が落ちてきたんですよ!」
「まあ、それで怪我を……」
 短剣は、幸いケイティの手をかすめただけで大きい傷を負わせないですんだ。 アストリッドはひとまずほっとした。




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