表紙
―氷の城―22

 バートラムは、暗殺者よりもむしろ、マーサを偽の呼び出しで遠ざけた若い男の人相風体を知りたがった。
「耳が大きく、鼻の両脇に目が寄っている? それはもしかすると……」
 記憶の底を探って、バートラムは一つの名前を浮かび上がらせた。
「メル・アーチャー。 ユアン叔父の小姓の一人かもしれん。 右頬にほくろがなかったか?」
 アストリッドはすぐに思い出した。
「ありました!」
「そうか、それで間違いない」
 どこかほっとした様子で、バートラムは立ち上がり、アストリッドの手を引いて彼女も立たせた。
「叔父はすぐカッと来る人柄だ。 跡目争いに負けたから、君をわたしから奪って腹いせしようとしたのだろう。 どこでわたしたちのことを感づいたか知らないが……裏庭で目を見交わしているところを遠くからでも見られたのかもしれない。
 今ごろ本人は城から出て帰り道をたどっていて、自分は関係ないと言い張るはずだ。 おそらくもう君を襲う者はいない」
 それでもアストリッドが不安げなので、バートラムは懐に抱え込むようにして礼拝堂の裏口から出て、本館に入った。 そして、三階まで階段を上っていくと、廊下をマーサが行ったり来たりしているのが目に入った。

 若い二人が手に手を取って現れたのを見て、マーサは仰天した様子で体を揺すりながら走ってきた。
「バートラムさま! それにアストリッドさままで! まだ塔へ迎えに行くのは早すぎますでしょう!」
「いや」
 辺りに気を配りながら、バートラムはマーサの腕にアストリッドを渡した。
「おまえを呼び出したのは、わたしじゃない」
ひえっという声を出して、マーサは口を手で覆った。 上から覗く眼がおびえていた。
「誰かがこの人をひとりにして襲ったんだ。 運良く逃げ出せてよかった」
「まあ、なんてことでしょう」
 アストリッドを母のように抱きよせ、マーサは素早く小声で囁いた。
「青の間にお連れします。 あそこなら私も目が届きやすいし、若様も、いえ、もう殿様ですね、ご都合がよろしいでしょう」
「そうだな、頼む」
 すぐに三人は二手に分かれ、アストリッドたちは左へ、バートラムは右へ、廊下を急ぎ足で歩いていった。
 




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