表紙
―氷の城―19

 誰かがこの部屋に来た。 そして、隅から隅まで引っくり返し、破壊の限りを尽くしたのだ。
 ベッドの天蓋が切り裂かれ、布団が床に放り出されていた。 しかも、その端が、アストリッドの目前でずるっと動いた。 誰かの足にからまったように。

 若いとはいえ、アストリッドは騎士の娘だった。 これは明らかに敵の仕業で、しかも相手はまだ室内にひそんでいると、瞬時に悟った。
 相手もアストリッドに気付いた。 茶色の服の男がベッドの陰から躍り出てくるのが目に入った一瞬後に、アストリッドは素早く体を引っ込め、扉を必死で閉め切った。
 震える指でしゃにむに閂をかけるやいなや、アストリッドはたった今上ってきた階段を転げるように駈け下りた。 ずっしりした頑丈な閂だから、あの男が体当たりしてもたぶん壊れないはずだ。 しかし、彼が素早くもう一つの階段を使って先回りし、裏庭で待ち伏せすることは大いにあり得た。
 速く、速く!――自分を叱りつけながら、アストリッドは果てしなく思えるらせんを下っていった。 頭は熱く、落ち着きなく回った。 誰が、いったい誰が、暗殺者を差し向けたんだろう!

 壊れかけた木戸から忍び出てすぐ、人の気配がした。 アストリッドは密生した木の背後に隠れ、息を殺して、相手が視野に入るのを待ち受けた。
 やがて、男の姿が現れた。 黒服に身を包んでいる。 茶色の服の暗殺者ではない。 しかも、全身が見えてくると、毎日のように姿を見せるあの若者だとわかった!

 声に出せないほどほっとして、アストリッドはごそごそと茂みをかき分けて庭に出た。 その物音で、若者はびくっとして足を止め、腰の剣に手をかけて素早く振り返った。
 アストリッドを見た瞬間、若者の顔に激しい驚きが走った。 袖がハリエンジュに引っかかって裂けたが、そんなことにおかまいなく、アストリッドは走って彼に近づき、必死に訴えた。
「追われています! 部屋に曲者〔くせもの〕が!」
 彼は稲妻のように反応した。 手を差し伸べてアストリッドを掴まらせると、風を切って走り、あっという間に狭い裏庭から飛び出した。




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