表紙
―氷の城―18

 アストリッドの前に口をあいているのは、あの秘密の扉だった。 最後に城主が出ていったとき、言い争いの後で気持ちが動揺していたのだろう。 鍵を閉め忘れていったらしい。
 アストリッドは唇を湿らせた。 鼓動が速まり、眼が光り始めた。
 どこへ通じているのか、ようやく確かめられる。 塔の外へこっそり出られる! わくわくしながら立ち上がり、マントを羽織って、アストリッドは抜け道を見つけた囚人のように爪先立ちで忍び出た。

 そこは穴倉のような空間だった。 斜め上に鉄格子のはまった開口部があるので、足元はよく見える。
 差し渡し五フィートほどの踊り場の向こうに、狭い階段があった。 アストリッドはまず振り向いて、扉に棒状の閂を下ろし、中から開けられないようにしてから、足音を立てないようにそっと下りていった。

 この階段もまた、らせん状に塔を回っていた。 正式な階段と並行に作られているようだ。 下り切ったところに小さな扉があって、最初は開かなかったのでがっかりしたが、あきらめずに押したり引いたりしていると、少しずつ動き出し、遂には斜めに外れて開いた。 古くて、蝶番が痛んでいたらしい。

 扉があいても光はほとんど射しこんでこなかった。 そのわけは、すぐわかった。 一フィートぐらいの距離をおいて、びっしりとハリエンジュの木が何本も植えられていたのだ。 明らかにこの扉を隠すためのものだった。
 分厚いマントを盾にして狭い木の後ろを通り抜けたアストリッドは、そこが裏庭の外れなのを知った。 石で作られた馬の水のみ場と、朽ちかけた井戸が並んでいる。 中を覗いてみたが水の気配はなく、とっくの昔に枯れてしまったらしかった。
 庭を囲んで塀があり、アーチ型に三箇所くり抜かれていた。 このアーチを通って、あの若者は毎日庭を横切っているのだ。 そう考えると、懐かしいような気持ちになった。
 彼の歩く通りに行ってみたかったが、用心が先に立った。 せっかく自由に出入りできる抜け道を手に入れたのだ。 できるだけ長く使いたい。 ばれないように、毎日少しずつ行動範囲を広げよう。
 大冒険をした気分で、アストリッドは木陰の扉に入り、階段を軽い足取りで上って、閂をあけた。 そして、回り扉を押してすべり込んだ。
 そのとたん、足が動かなくなった。 一瞬、別の部屋に来てしまったのかと思った。 広く、整然としていたはずの部屋は、まるでつむじ風が吹きぬけたようになっていた。




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