表紙
―氷の城―16

 アストリッドはベッドから身を起こして両手で顔を覆い、さめざめと泣いた。 結局彼女は臨終にも呼ばれなかったのだ。 城主はおそらく一族に見守られて旅立っていったが、アストリッドは塔の高みで独りぼっちだった。

 七時ごろにやってきたケイティは目を泣き腫らし、青い顔をしていた。 そしてアストリッドの視線を避けるように近くへ来ると、低く告げた。
「今朝方、ユージン様がお亡くなりになりました」
 やはりそうだった。 アストリッドの胸に、先ほどに倍する憤怒がむくむくと湧きあがってきた。
「たぶん私が一番最後に知らされたのね。 一番身近にいたと言ってもいいのに」
 ケイティの瞳が揺れた。
「そうお怒りにならないで。 ユージン様があまりにも偉大な殿様だったので、下では親族の方々が大もめにもめてるんです」
 声がひどく小さくなった。
「こんなこと、しゃべっちゃいけないんですけど、ユージン様が危篤になられた三日前からは、弟君のユアン様とご長男のバートラム様が怒鳴りあう声が廊下まで響いてくるほどで」
「後継者争い?」
 ケイティは不安そうにうなずいた。
「バートラム様が正式な跡継ぎにきまっていると思うのに、ユアン様はユージン様から、後を任せるという念書を渡されていると言い張っているんです。 まだ若く、経験も浅いバートラム様にはこの城を支えていく力は無い、自分が後見人になると自信満々だそうです」
 アストリッドは兄から聞いたことを思い出そうとした。 確か城主の弟ユアンは兄に似ず野心家で気が荒く、おまけにデラメア家の宿敵ハッチ・ロングヴィルと親しくしているはずだ。
 もしユアンが城を乗っ取ったら、デラメア家の前途は風前の灯だ。 アストリッドは青ざめた。 そんなことになったら、何のために嘆願に来たかわからなくなってしまう!
「バートラム様は、ユアン様が実権を握るのを止められそう?」
「わかりません」
 ケイティは悲しげに首を振った。
「最後は国王様に決めていただくことになるでしょうと、みんなが言ってました」
 頭の痛いことばかり――ふうっと大きく息をついて、アストリッドは椅子に座り込んだ。




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