表紙
―氷の城―13

 内陸の冬は厳しい。 しかし、ほんのわずかずつでも季節は移り変わっていき、氷に閉ざされていた川には小さな流れができて、雪割り草が芽ぶきはじめた。
 三月の声を聞いても、アストリッドは外界から切り離されていた。 散歩や狩に連れ出してくれるジャレッドたちと、毎日のようにやってきて罪のない噂話に明け暮れるマーサ、そして忠実なケイティ。 顔を見るのはその決まった人たちだけで、大食堂へ行くことも、広い庭を散策することも許されなかった。
 これでは子供のとき話に聞いた『塔に幽閉された姫君』のようだ、と思わずにはいられない。 次第に心が沈むのを、自分でもどうしようもなかった。 城主は徹底的に彼女を隠していた。 それはおそらく、表立って連れ歩くほど大事な存在とは思っていないからだった。

 まさに日陰の身となったアストリッドは、小さな楽しみを見つけた。 夕方の四時になると、祈祷をするからとケイティを部屋から出し、鎧戸を開く。 すると、下の裏庭を横切っていく若者の姿を見ることができるのだ。
 彼が決まった時間にどこへ行くのか、アストリッドは知らなかった。 ただ、彼がいつも一人で歩いていくのを確かめるだけで満足していた。 男が仲間と賑やかに談笑していたら、すぐに興味を失っただろう。 だが、寡黙に、そして孤独に行動する若者の姿は、そのまま今の自分に重なって、ひどく身近に感じられるのだった。

 これは密かな習慣だった。 部屋に外気が吹き込んで冷えると、開けたことがわかってしまうから、ほんのわずかな隙間から垣間見るだけで、若者には気付かれていないはずだった。
 だが、五度か六度目に窓を小さく開いて覗こうとしたとき、不意に曇り空から灰青色の鳥が舞い降りてきて、手のひらほどの隙間に飛び込んでしまった。 アストリッドは驚き、当惑して、ク−クー鳴きながら床を歩きまわる大きい鳩を目で追った。
 鳩は人に慣れていた。 アストリッドがこわごわ近寄っても逃げず、柔らかい声を出して傍の椅子に飛び上がると、足を見せびらかすように前へ出した。
 そこにはリボンが巻きつけられていた。 そして、その上には黒い模様が点々と……
 丸や四角、菱形の不思議な記号がずらりと並んでいるのを見つけて、アストリッドはぴんと来た。 これは暗号だ。 この鳩は、どこからか秘密文書を届けてきたのだ。
 とっさにアストリッドは、髪に巻いた薄いスカーフを取り、鳩からほどいたリボンと、それに手首から外した腕輪を入れて包んだ。 そして、片手で包みを、もう片手で鳩を持ち、大急ぎで窓に戻った。
 間に合った。 ちょうどあの若者が塔の横を通り過ぎようとしていた。 アストリッドは窓から身を乗り出して、初めて彼に呼びかけた。
「そこの方!」
 男の足が止まった。 ゆっくりと頭が動いて、塔の上を見上げた。
 アストリッドはまず鳩を空中に放り上げた。 そして、翼を広げて飛び回る鳥を若者がしかと目にしたのを確認してから、緑のスカーフ包みを投げ下ろした。
 今度受け止めるのは、彼の番だった。 腕輪を重石にしたその包みを開いてリボンを発見して、はっとした様子でまた顔を上げた。
 その頭がやがてゆっくり垂れて、丁重な礼の形を取った。 再び腕輪が投げ返されると、アストリッドは、意味が通じたことに満足し、微笑みを浮かべて窓を閉じた。




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