表紙
―氷の城―12

 腕輪は男のすぐ前に舞い落ちた。 白い雪に半ば埋まった銅色の輪を、男は身をかがめて拾い上げた。 そして、手に持ったまま頭をもたげ、どこから来たのか知ろうとした。
 顔の全部が視野に入って、ようやくアストリッドは思い当たった。 これは僧院で会った人。 十字軍の服を神に捧げ、無言の誓いで願いを叶えようとしていた、あの若者だった。
 窓に立つアストリッドを発見して、男は動きを止め、相変わらず黙ったままじっと見つめた。 アストリッドも無言で彼を見下ろした。 空から放射状に雪が散り、男の巻き毛をうっすらと白く染めた。
 やがて男は腕輪をかざし、二度大きく手を振って、腕を振り子にすると、いきなり投げ上げた。 丸い輪は見えない糸で巻き上げられるように大きく線を描いて、アストリッドの胸の前に飛んだ。
 アストリッドはとっさに受け止めた。 心がぱっと華やいだ。 窓から乗り出すようにして手を振ると、男の唇が上がり、静かな笑みを形作った。
 背後で慌てた声がした。
「まあ、お部屋がつららのように冷たくなっています。 どうか窓をお閉めになって」
 聞きなれない声に驚いて、アストリッドは急いで振り返った。 するとそこには、いつの間にか小間使いのケイティに連れられて中年の女性が立っていた。
 ケイティが申し訳なさそうに言った。
「お呼びしたのですが聞こえなかったようで」
 そうだ、下の男の人に気を取られていたから――鎧戸を閉めようとしてそっと覗いたが、もう男の姿はどこにも無かった。

 ケイティに連れてこられたのは、マーサ・ドリスコルという名前の裁縫師だった。
「元はバートラム様の乳母をしていたんですよ。 ここらの昔話をたくさん知ってましてね、つれづれのお話し相手にどうかと、殿様が」
 バートラムとは城主の息子だった。 城主の細やかな気遣いに、アストリッドは嬉しくて頬を赤らめた。


 女が三人集まって、午後は俄然楽しい時間帯になった。 アストリッド一人が相手だとかしこまっていたケイティも、陽気で話好きなマーサがいるとつい気を許し、冗談を言ったり数当て遊びをしたり、時はあっという間に過ぎていった。




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