表紙
―氷の城―8

 アストリッドは深く感心して、耳をすませて聞き入っていた。 フォートナイアの城主は武勇だけでなく知略も相当なものだと噂されていたが、こういうことだったのかと納得した。
 しかし、アルマンゾは面白くなさそうだった。
「うちが開拓して立派な畑にして、それをむざむざハッチに渡すのですか? なにやら割に合わないような」
 はらはらしたアストリッドは兄に眼くばせして、逆らわないように頼んだ。 これは駆け引きではない。 嘆願なのだ。 収益を生み出す土地をすべて持っていかれるか、一部ですませるか、ぎりぎりのところなのに。
 城主のフードがまた揺れた。
「ロングヴィルは管理が悪いと言ったな。 川が富ませた土地は数年そのままでも良い麦ができるだろうが、その後は普通の地面になる。 彼が手入れを怠れば、十年後には荒地に戻ってしまうだろう」
 胸がすっとした表情になって、アルマンゾは胸に手を当てた。
「なるほど。 ご賢察です。 冬の厳しい年は夏に恵まれるといいます。 腕利きの農民を荒地に回して、ロングヴィルに餌を撒くとしましょう」
「異存はないな?」
「はい。 お心遣い深く感謝いたします」
 うやうやしく一礼した後、アルマンゾはさりげない言葉を置いた。
「ところで、妹は町が珍しく、しばらく滞在して見物したいと申しております。 城の片隅にでも置いていただけるとありがたいのですが」
 広い謁見室が、わずかの間無音になった。 暖炉で薪のはじける音が二度、鋭く響いた。 その後、城主は抑揚のない静かな声で答えた。
「部屋を用意させよう。 気兼ねなく泊まっていかれるがよい」


 礼をして大扉の後ろに退いた後でも、アストリッドはなかなか動悸が収まらなかった。 城主には思った以上の威厳と賢さがうかがわれて、あのような立派な騎士の相手が務まるか、一段と不安が増した。
 アルマンゾはほっとして、くつろいだ様子だった。
「まあまあだな。 ハッチの無茶な要求を退けるわけにはいかなかったが、一筋の道は開けた」
「思ったとおり、城主様は厳しそうなお方だわ」
 母譲りの青みがかった灰色の眼をまたたかせて、アルマンゾはようやく兄らしい心遣いを口にした。
「心配か? これからすぐ故郷へ帰って春に備えねばならないが、準備が一段落したらまた来る。 そのとき仲良しのジェーンを連れてこよう。 それまで、寂しいだろうが一人で頑張れ。 頼りにしているからな」
 アストリッドの顔に血の色が戻ってきた。 兄とは八歳離れている。 これまでは子供扱いされて、ほとんど構ってもらえなかったが、ようやく末っ子のみそっかすにも大人として扱われる日が来たのだ。 誇らしい気持ちで、アストリッドはしっかりうなずいてみせた。




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