表紙
―氷の城―7

 中は、他の部屋と比べて特に豪華というわけではなかった。 一段高くなった石の台に大きな肘掛椅子がぽつんとあって、深いフードで顔を隠した城主ユージン・デクスターが座り、剣を下げた若い兵士が両端を守っていた。
 兄妹は並んで城主の前に進み、深く頭を下げた。
「初めてお目にかかります。 ワイルストンの在、アルマンゾ・ジョージ・デラメアと申します。 そしてこちらは妹のアストリッド・マリアン・デラメアです」
「わが城にようこそ」
 深い声が応じた。 くぐもって聞こえるのは健康状態のせいと、それにフードの分厚い布を声が通ってくるためかもしれなかった。
 ほとんど前置きなしに、アルマンゾは最も気がかりなことを口に出した。
「雪の中を伺いましたのは、代々引き継がれてきた我が家の領地の半ば以上を、遠征軍に参加したほうびに貰ったと言い張る輩が現れましたので」
 少しの沈黙の後、城主は意外な言葉を発した。
「そう言い出したのは、貴公の隣りにエイクリーの領地を持つハッチントン・ロングヴィルか?」
 どうやら城主は、領内の勢力範囲を隅々まで把握しているらしかった。 なかなか手ごわい相手かもしれない。 アルマンゾは気持ちを引き締めて、自信ある声を出そうと努力した。
「ワイルストンは百年以上うちの家系が治めてきた土地です。 確かに十字軍には参加しませんでしたが、それは後を託す兄弟がいなかったからで、法皇の命をないがしろにしたわけではありません。 年貢はきちんと納めていますし、領地内も安定して平和です。
 それに引き換え、ロングヴィルの管理は悪く、農奴が逃げ出して騒ぎになったこともあります。 手入れを怠って土地が荒れたから他所の領地を奪いたいという勝手な願いなのです。 あの男に任せればワイルストンの森まで台無しになってしまいます。 あの森は美しく、先代様が二度狩に来られたほどなのに。
 どうか、ロングヴィルの一方的な望みを許さないでいただきたい。 これまで通り、ワイルストンをデラメア家のものに!」

 熱を篭めた訴えの間、城主は身じろぎもしなかった。 聞いているのかどうか、反応が感じられない。 アルマンゾはじりじりと気持ちが焦った。
「ぜひともお聞きとどけを! 我らは亡き奥方様の親戚にあたります。 ジャーミン様の面影があると言われるアストリッドに功徳をほどこすと思って、ぜひ!」

 ようやくフードが動いた。 小さく波のように揺れて、少し経ってから言葉が出た。
「たしかワイルストンの外れには荒地が広がっていた。 ホール川の扇状地で地味が豊かなのになぜ耕さない?」
「よくご存じですね。 あそこには湿地帯がそこここに広がっていて、一部は底なし沼になっているのです。 悪魔が棲んでいると噂されて、みな怖がって近づきません」
「悪魔か……」
 マントの前がわずかに開き、大きな指輪を嵌めた手がちらりと見えた。
「どんな場所でも、そこに詳しい人間が一人や二人はいるものだ。 そういう人間を見つけて、危険な沼地に印をつけ、柵をめぐらすがいい。 迷信深い民をなだめるため、牧師に悪魔払いをしてもらって、土地を耕しなさい。
 あそこは肥料を入れなくても、最初の年から必ずいい畑になる。 秋に収穫が出たらうんと自慢するといい。 ロングヴィルはおそらく、管理の大変な広い森よりそっちの畑地が欲しくなるだろう。 そのときまで一年間、領地換えは保留ということにしよう」




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