表紙
―氷の城―6

 城にはいろんな人間がたむろしていた。 中には役職もなく、ただぶらぶらしているだけではないかと思われる者もいた。 朝食の間中、アストリッドの隣りに座ってうるさく話しつづけていたチャーリー・ホーベンがその一人で、吟遊詩人という触れ込みなのだがリュートはただ持ち歩いているだけだと公言していた。
「弾けないんですよ。 でも、これを持っているといかにもそれらしく見えるでしょう? 一宿一飯の便宜にあずかれるというわけで」
 どう答えていいかわからず、アストリッドは中途半端な笑顔を浮かべて黙って聞いていた。
 ホーベンが一人でしゃべっていてくれるのが、返事を考えないでいいのでかえって気楽だった。 いよいよ数時間後にはフォートナイア城主ユージン・デクスターとの対面が待っている。 男らしい容貌と勇猛な戦いぶりで『イングランドの大鷹』と称されたユージンはまた、妻のジャーミンへの溺愛ぶりでも有名で、反対を押し切って戦地に伴った。 その愛する妻が遠征中に急死したことが、いっそう傷の回復を遅らせているともっぱらの噂なのだった。
「おまえはジャーミン様によく似ている。 姪にあたるのだから当然といえば当然だが、他の姉妹はまったく似ていないのにな」
 兄はそう言って、城へ同行することを求めたのだった。
 アストリッドは嫌々来たのではなかった。 城主の恋人になるのは、決して不名誉なことではない。 それにアストリッドは、故郷の森を愛していた。 夏でもひんやりと涼しい風が吹き抜け、小鹿やクズリがひそんでいる美しいワイルストンの森。 その懐かしい森を、戦功を盾にしたハッチ・ロングヴィルなどに絶対奪われたくなかった。
 傷が痛むのなら看病してあげよう。 優しく尽くせば心を開いてくれるかもしれない。 でも、生まれたときからほとんど領地を出たことのない世間知らずの自分に、百戦錬磨で倍以上年の違う老騎士の話し相手が務まるだろうか。 賢くて聞き上手だったというジャーミンを思って、アストリッドは溜め息が出そうになった。

 昼下がりになって、大広間に人が集まり出した。 皆、謁見を待っているのだ。 最初に警備隊長のソーンダイクが呼ばれて入り、間もなく出てきて、アルマンゾに歩み寄った。
「殿が一番に会ってくださるそうだ」
 驚き、喜んで、アルマンゾは普段顔色の悪い頬をぱっと上気させた。
「ありがとう! 口添えしてくれたのだな」
 ちょっと困って、ソーンダイクは顎を掻いた。
「いや……殿のほうから言われた。 もしかするとアストリッド嬢を目に留められたのかもしれん」
 びくっとして、アストリッドは顔を上げた。 いつ、どこでだろう。 城の壁に覗き窓でもあるのだろうか。
「さあ、こちらへ」
 ソーンダイクに導かれて、兄妹はそれぞれ胸を轟かせながら、重々しい扉へと向かった。




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