表紙
―氷の城―5

 だが、アルマンゾはすぐ我に返った。
「いや、のんびり食事に預かっているわけにはいかない。 一刻も早く殿様にお会いしたいのだ」
 やんちゃ坊主を見るように、ソーンダイクは首をかしげて苦笑いした。
「殿は軍隊からお戻りになって以来、体調がよくないのだ。 いろんな噂が飛んでいるのを、お主だって知らないわけではあるまい」
「わかっている。 わたしの聞きたいのはただ一言だけ。 ワイルストンの土地を我ら一族のものとして安堵すると、それさえ言っていただければ」
 背後に閉じた扉を、アルマンゾは神経質そうに眺めやった。
「ロングヴィルのハッチが今にも追って来るかもしれん。 あいつは押しが強い」
「なるほど、ハッチントン・ロングヴィルか。 殿のお供で手柄を立てたと噂の男だな」
「そうなんだ」
 アルマンゾは眉を逆立てて怒鳴った。
「こともあろうに我らの土地を報償としてよこせとは! わたしが出征できなかったのは、それなりの理由があってのこと。 十字軍の手柄と何の関係がある!」
「まあそう興奮するな」
 ソーンダイクはやんわりとなだめた。
「殿は奥の部屋におられるが、三日か四日に一度しか姿を現されない。 今夜お目にかかるのはどのみち無理な話だ。 おそらく明日の午後には謁見室に出てこられるかもしれん。 まあ、明日になってみないと断言はできないが」
「そうか……」
 苛立ちを押えきれずに、アルマンゾは深々と溜め息をついた。


 その夜はソーンダイクのおかげでたっぷりとした暖かい夕食にありつき、暖炉のある部屋でゆったりと眠ることができて、アストリッドはほっとした。 翌日のことが不安ではあったが、疲れと眠気がどっとのしかかってきて、夢を見ることもなく熟睡した。

 翌朝は、冬には珍しく突き抜けるような青空が広がった。 小間使いを連れずに来たアストリッドは、早く目覚めるとてきぱきと身支度を整え、窓に寄って、白く凍ったガラスを手でこすり、できた丸い覗き口からきらめく朝日を楽しんだ。
「まるで魔法使いの国だわ。 何もかも光ってる」
 木々に凍りついた雪は新たな結晶を作り上げ、枝にちりばめたダイヤのネックレスさながらだった。 窓にはつららがレースのように下がり、斜め上空から降ってくる光線を選り分けて虹色に輝いていた。
 間もなく、短いノックと共に兄が入ってきた。 普段通りせかせかしている。 眉の間に縦皺が二本入っているのが、苛立っている証拠だった。
「よし、ちゃんと起きていたな。 被り物が曲がっているぞ。 直してやろう」
 おとなしく立っていたアストリッドは、気になっていることを一言だけ尋ねた。
「今日は殿様に会えそう?」
 アルマンゾの口元が少しだけ緩んだ。
「どうやらな。 昼下がりには謁見室へお出ましになるとソーンダイクが教えてくれた」
 アストリッドは眼を伏せた。 不安が倍になってのしかかってきた。




表紙 目次前頁次頁
背景:b-cures
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送