表紙
―氷の城―3

 やがて見習い僧らしい若者が、固いパンとチーズ、人参のスープを持って入ってきて、荒削りな四角テーブルに置き、静かに去って行った。
 部屋にいた三人は、温かいスープをすすってようやく人心地がついた。 質素な食事の後、暖炉に薪をくべていたアルマンゾは、相部屋の男が荷物から取り出した白いチュニックを見て目を見張った。
「それは十字軍の……」
 胸に大きく十字架を浮き出させたチュニックを、男は暖炉脇の棚に置いた。 アルマンゾは大股で歩み寄り、うらやましそうに眺めた。
「わたしもできれば遠征軍に加わりたかった。 だが長子だし、下の弟は体が弱いから、志願などもってのほかだと家族に叱り飛ばされて、あきらめた」
 盛んに兄が男に話しかけるのを、アストリッドははらはらして見守っていたが、我慢できなくなって注意した。
「お兄様、沈黙の誓いを立てている方はそっとしておかないと」
「ああ、退屈だし、いらいらする!」
 とたんに天井を仰いで、アルマンゾは神経質に叫んだ。 すると驚くほどすぐ扉が開き、ここまで案内してくれた僧が顔を出して低くたしなめた。
「大声を出さないでください。 僧院だということを忘れずに」
「はい」
 さすがにおとなしく、アルマンゾは窓の方へ退いた。


 雪はようやく午後に降り止んだ。 風が吹き散らしたため、積もった量はそれほどでもなかったが、新雪は柔らかく、馬の脚がもぐって難儀しそうだった。
 それでもアルマンゾは出発すると言い張った。 一刻でも早く城へ辿りつかないと、と気持ちが焦るらしい。 アストリッドは服の上にもう一枚ジャケットを着込み、温かい台所からしぶしぶ出てきた従者二人と合流した。
 一夜の宿の礼を述べて喜捨を渡し、中庭を後にするとき、アストリッドはふっと誰かに呼びかけられた気がして馬上で体をよじり、背後を見やった。
 そこには凍てついた大地と灰色の建物があるだけだった。 しかし、さっきまで風雪からアストリッドを守ってくれていた部屋の窓辺に、あの男が立っていた。 にぶく光るガラス越しに、厳しいほど骨組みのしっかりした顔が仄白く透けて見えた。


 一行は黙々と小道を下り、霧氷の光る林を抜け、ようやく人家の連なる町へ到着した。 フォートナイア城の回りにきのこのような家が立ち並ぶジョスターの城下町だった。
 冬の日はもう暮れかけていた。 夕闇が迫り、すべてが青みがかっている。 アルマンゾは妹のいくらかおびえた表情を見て、叱りつけるように言った。
「わびしい顔をするんじゃない。 愛敬がないと、いくら好みの顔立ちでも嫌われてしまうぞ」
「そんなに変?」
 アストリッドは落ち着きを無くした。 さりげなく眼を伏せたり微笑を送ったりして気を引く練習を、姉たちとずいぶんやってきたのだが。
「変というより、元気がない。 掴まった雌鹿のようだ。 もっと自信を持て」
 アストリッドは心の中で溜め息をついた。 もともと自分にない妖艶さを発揮しろというのは、とても無理なんじゃないかと思えてきた。




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