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心の刻印 17


   2秒ほど経って、ロジャーの手から拳銃がこぼれ落ち、床に当たって鈍い音を立てた。 トリシーは必死でトミーをベッドに押し倒して体で庇ったが、幸い、安全装置は外していなかったらしく、暴発は免れた。
「ロジャー・コートニー! あなたってとんでもない…!」
「メグが産んだと、今君は言ったな。 じゃ、いったい君は誰なんだ」
ロジャーはふらふらと体を揺らし、瞬きを忘れていた。 こんな状態の人間に文句を言っても耳に入るはずがない。 しかたなく、トリシーはベッドの上で居ずまいを正した。
「私はベアトリス・ミラー・ニュージェント。 メグと15分違いで生まれた、双子の姉よ」
ロジャーは、かすかに頭を振った。
「何だって? それじゃ、初めから……」
「最初に誤解したのは、あなたの方よ」
嘘をついて入り込む気はなかった。 誤解させるような行動を多々取ってきたのは確かだが。
「少なくともアランには真実を話すつもりだったわ。 でも彼があまりにも弱っていて、私をメグと思い込んであんなに喜んでくれたから、メグはもうこの世にいないなんて、とても言えなかったの」
「君は、本当にメグじゃないんだな」
「ええ、そうよ」
「メグ・ニュージェントの姉……」
「ええ」
とたんに、ロジャーが大きな音を立てて床に膝をついたので、トミーは顔を引きつらせてベッドからずり落ち、窓のそばに逃げていった。 あまりの恐怖に、泣くことさえ忘れたらしかった。
ロジャーは小さな子供の存在を忘れ果てていた。 彼はただ、トリシーだけをひたすら見つめて話しかけた。
「今考えると確かにおかしかった。 君はメグよりずっと堂々としていて、筋が通っていた。 別人みたいに強くなったと思ったが、本当に別人だったんだ」
「メグだって弱くはなかったわ。 育った環境が悪かっただけよ。 
両親が離婚したとき、私は母の実家のミラー家に引き取られたの。 中産階級で、財産もそこそこあって、いい教育を受けさせてくれたわ。
でもメグは父親が連れていったの。 父はギャンブル好きで経済観念のない人だった。 だからメグは満足に学校に行けなくて、仕事を転々として…」
涙がにじみそうになって、トリシーは歯を食いしばった。
「私はアフガン戦争で、祖父の決めた婚約者を亡くして、もう結婚しないつもりで学校の教師をしていたの。 そこへメグから電報が届いて飛んで行ったら、盛り場の屋根裏で寝込んでいたわ。 メグは3日前にトミーを産んだけれど、育てられないとわかって私に頼んだの。
メグは息のある間、アランのことばかり話していたわ。 どんなに好きかわからないけど自分じゃ彼には釣り合わない、だからお金に目がくらんだふりをして身を引いたんだって。
あなたのことをね、冷たくて頑固で、融通がきかない人だと言ってた。
でも、こうも言っていたわ。 あなたは正しい人だって。 アランのためになると悟ったら、たいていのことはしてくれるはずたって。
私はメグの言葉を信じた。 だからこの村に来て、トミーをアランに会わせようと決めたのよ。 トミーは来月3歳になるの。 もう父親を覚えていられる年だと思って」
「それで……会ったのか?」
ひどくかすれた声で、ロジャーが尋ねた。 トリシーは強くうなずいた。
「窓からアランに見てもらったわ。 彼はハンカチを振り返してくれた。 これよ。 このハンカチ」
トリシーが懐から取り出した白いハンカチを、ロジャーはじっと見つめた。 そしてうなだれた。
「わたしのせいか。 わたしが2人を引き裂いたから……」
「メグにも責任はあるわ」
初めて誤りを認めたロジャーに、トリシーの胸が強く痛んだ。
「自分の気持ちに嘘をついてまで身を引くことはなかったのよ。 アランに嫌われたならともかく」
「わたしは彼女を試したんだ」
ロジャーが呻いた。
「結婚したいならさせてやる、ただし金は一文もやらないと言った。 そうしたら彼女は金を取った。 だから、本気で愛してなんかいなかったと思ったんだ!」
不幸なボタンの掛け違い…… メグとロジャーは、どちらもアランによかれと思ったのに、結果は最悪になってしまったのだ。


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