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心の刻印 7


 翌朝、朝食を終えるとすぐ、トリシーはフィリスに教えてもらったロジャーの部屋のドアを叩いた。
  やがてのっそり現れたロジャーは機嫌が悪かった。
「何の用だ。 朝っぱらから」
「荷物を取りにマッカラムさんのところへ行きたいんです。 それに、ワットさんの鍛冶屋へ寄って自転車を受け取りたいし。 だから昨日乗ってきた貸し馬を出してもらえませんか?」
  立派な口髭の下から白い歯が見えた。
「あれは昨夜のうちに下男のサイクスが返して、自転車を受け取ってきた。 君の荷物は午前中に向こうから届く」
  トリシーは瞬きを忘れた。
「私に一言も言わないで!」
「君はすでにここの雇い人だ。 黙って言うことを聞いていればいいんだ」
「じゃ、せめて前もって言ってよ!」
  かっとなって、トリシーは叫んだ。
「自転車の修理代だってあるし、マッカラムさんと坊や達に挨拶したかったし」
「修理代ぐらい出してやるよ。 それにマッカラムのくそ坊主なんて放っときゃいいんだ」
「目の仇にしないでよ。 大人げない。 いくら自分の小さい頃にそっくりだからって」
「なに?」
  ロジャーは上半身をそらした。
「わたしの子供時代を知っているとでもいうのか?」
「想像つくわよ。 今のあなたを見れば」
  捨て台詞を残して、トリシーは憤然と廊下を歩いていった。

  背後でドアの閉まる音がした。 振り向いて、ロジャーが部屋に引っ込んだのを確かめると、とたんにトリシーの足は階段から3つ目の部屋に向かった。 アランに会わなければ。 会って話さなければ……!

  幸い、ドアには鍵はかかっていなかった。 ナースは下で女中頭と世間話をしているはずだ。
  トリシーがそっと忍び込むと、アランは待っていたようにうっすらと眼を開けた。
「メグ」
「おはよう」
  痩せ衰えた青年のそばにかがみこむようにして、トリシーはやさしく挨拶した。
「やっと2人きりで会えたわね」
「うん」
「何か欲しいものある? ブランデーをたらしたホットミルクとか」
「覚えててくれたんだ、僕の好物」
「もちろんよ」
「今はいいよ。 ここに座って、手を握っていてくれないか?」
  さっそくトリシーは椅子を寄せて、アランの望み通りにした。
「3年半か…… 君は変わらないね。 いや、前よりきれいになった」
「そんなこと……」
「そうだよ。 夏の盛りの薔薇みたいだ」
  トリシーは唾を飲み下し、思い切って言った。
「それはきっと、母になったからだわ」


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