こんな手前勝手な男と議論するのは時間の無駄だ。 トリシーは右手を背中に回して指を立て、密かにロジャーを心の中で呪った後、何食わぬ顔で話題を変えた。
「それじゃ今日はこれで帰ります」
「どこへ?」
とロジャーが尋ねた。 トリシーはかわいい顎を上げて答えた。
「もちろん雇い主のところへ」
「キャシー・マッカラムの家へか」
ロジャーは鼻で笑った。
「あのクソガキどもの世話がそんなにしたいか」
クソガキ! 失礼な言い草だが、あまりにぴったりなので、トリシーは危うくプッと吹き出すところだった。 5歳と4歳と2歳の男の子たち。 そろいもそろって悪魔のように口が悪く、蒸気機関車並みに活発で、手なずけるまで4日もかかってしまった。
「仕事ですから」
「じゃ、もっとましな仕事をしないか」
胸のポケットに指をかけて、ロジャーは感情のまったくこもらない声で提案した。
「うちの妹の面倒をみてくれ」
少なくとも5秒は間があいた。 次々と繰り出されてくるロジャーの攻めに、トリシーは作戦をボロボロにされ、逆に罠にかけられたような気分になりかけていた。
「妹……さん?」
「そう、フィリスだ」
今思いついたことではないらしい。 ロジャーは不気味に落ち着いていた。
トリシーは頭で素早く計算した。
「あなたとアランの妹さんだとすると、おいくつ?」
「14歳だ」
きゅっと口元を引き締めて、トリシーは言った。
「乳母の必要な年じゃないわ」
「話し相手ということで、どうだ?」
どうだと言われても…… 困ったトリシーは契約にしがみついた。
「マッカラムさんとは月ぎめで奉公の約束を……」
「うちはあそことは取引がある。 君を譲ってくれと頼めば2つ返事のはずだ」
ああ言えばこう言う。 土地の権力者として、ロジャーは自分に絶対の自信を持っているらしかった。
憎らしいなあ!――彼の高い鼻に、パンチをくらわしてやりたかった。 だが、倍返しされてアランに会えなくなるのは困る。 いっそこの家に入り込んで中から切り崩すか。 トリシーは素早く計画の修正を始めた。
「お給料はいくら?」
「やはりそれか」
不快そうに、ロジャーは言い捨てた。
「足元を見るのがうまいな。 いいだろう。 週10ポンド出そう」
マッカラム家では2ポンドだった。 なんと5倍になったわけだ。 トリシーは眉を吊り上げ、計算するふりをしてから、ゆっくりと答えた。
「悪くないわね」
「よすぎるぐらいだ。 じゃ決まりだな」
いいんだろうか。 トリシーは嫌な予感を振り払うように頭を振って、うなずいた。
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