表紙 北風と陽だまり 2
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 ガキ? 確か今そう聞こえたよな――麻知は、きれいに切ったストックを投げつけそうになった。
「ガキはどっちだ! てめーこそいくつだっ!」
 喧嘩なら望むところだ。 兄と弟に挟まれて育った麻知は、腕力はともかく口では絶対負けない自信があった。
 にもかかわらず、擦り切れジーンズの男の子は振り向きもせずに、花畑の斜面を下りていってしまった。

 むしゃくしゃしながら、花を満載にした手押し車をぐいぐい動かして、麻知はホテルの裏庭へ戻った。 それを外の水道で水切りしてバケツに入れ直していると、白と青のユニフォームを着た靖恵〔やすえ〕が通りかかった。
「お、こんちゃ」
「あ、早いね」
 顔を上げたとたん、大きなヒエンソウの束が倒れかかってきたので、靖恵が二またぎで支えてくれた。
「わるい! これ頭が重くて」
「真面目によう働くね、麻知は。 そう頑張らんでもいいずら?」
「なんでもせんとね。 覚えといて損はないずら……って、今日は方言の日?」
 靖恵はニッと口を広げて笑ってみせた。
「ほらさ、出来レースで『ミス杏〔あんず〕娘』に選ばれたっしょ? 地元のラジオに出なきゃなんないの。 そのとき我が尾刈〔おかる〕町出身の名詩人、香川ムネヲの『まどろむ故里』をどうしたって読まされるわけ。 それで激しく練習中」
「あの人の詩、方言まみれだもんね」
「うん」
 下葉を落とす手を少し休めて、麻知はすらっとした長身の靖恵をうらやましそうに見上げた。
「いいよね靖恵はおとなっぽくて。 ガキ扱いされたことなんか一度もないんじゃない?」
「そんなことないよ。 昔はやっぱり小っちゃかったし。 こっちは麻知がうらやましいよ。 かわいいねーとか食べちゃいたいねとか、言われてみたい」
「うえー」
 麻知は梅干しのような顔になった。
「やだよー。 やだやだ。 あんた十八? とか言われるんだよ。 ひどいときなんか、R15の映画館行って、入れてくれないんだよ!」
「R15か。 それは切ない」
「でしょ? 二十二だよ。 れっきとした大人なのに」
 先ほどの男の後ろ姿がちらついて、麻知は曲げていた腰を憤然と伸ばした。
「うんと年下だと思って、あんのカメラ小僧、人をなめくさって」
「どした?」
 クリーニングの受け取りを忘れたようにのんびりと、靖恵は愚痴の続きをうながした。

 ガアガア発散して気が静まったところで、靖恵が胸ポケットからミントガムを出して手渡してくれた。
「これですっきりしなされ。 じゃね」
「さんきゅ」
「バイバーイ」
 子供っぽく見られたくないと言いながら、二人は両手をかわいらしく胸の前で振って、しばらく別れを惜しんだ。
「バーイバーイ、またね〜」
「ドーントマインド、ネバギブアップだよ」
「うんうん、わかったわかった」 
 


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写真:ivory
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