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Chapter U-11


 予想した通り、夜の帳が下りて暗くなっても、シルヴァンは家に戻ってこなかった。 再婚を祝い、ちょっぴり嫉妬した友人たちに、連れまわされているのだろう。
 鐘の音を聞きもらすまいと耳を澄ませながら、コリンヌは黒っぽい服装に身を包み、髪まですっぽり黒いショールで覆った。
 夕方、こっそりシルヴァンの書斎に入って盗んできた物を布にくるんだところで、鐘が鳴った。 ドアに近づいて出ようとしたとき、外から軽くノックされ、小声で名を呼ばれた。
「コリンヌ」
 シルヴァンだ!
 急いで足音を忍ばせてベッドに行くと、コリンヌは服を着たまま上掛けの下にもぐりこみ、息を殺した。
 やがてドアが開き、シルヴァンがそっと入ってきた。 彼はきちんとした人柄で、使用人に手を出したりしないので、誰も寝室にわざわざ鍵をかけないのだ。
「コリンヌ、ただいま」
 シルヴァンが優しく呼びかける。 コリンヌは、飛び起きて彼の首に腕を巻き付けたい気持ちで一杯になった。
 辛くてたまらないが、今だけはできない。 熟睡したふりをしていると、シルヴァンは残念そうに布団の上からコリンヌの背中を撫でた。
「寝てしまったか。 もっと早く帰りたかったんだが。 しかたない。 明日の朝話そう。 おやすみ、かわいい君」
 そっと上掛けをまくって、シルヴァンはコリンヌの額にキスした。 それから、足音を立てないように部屋を出て行った。


 しばらく待ってから、コリンヌはベッドを出た。 階段はきしむので、下りていくとシルヴァンに気づかれるかもしれない。 やむをえず窓を開けて、立ち木を伝って地面に降りた。 このときばかりは、男まさりの運動好きでよかったと思った。




 同じ頃、同じ中空に上った月を、夜着姿のポーレットが見ていた。
 窓際の長椅子に膝で立ち、窓枠に頬杖をついて眺めていると、誰もいないはずの庭園に人影が浮かんだ。
 ポーレットは首を伸ばして、目を凝らした。 月光に照らされて、ぼんやりと揺れているように見えるその人影は、どう見ても……
「パトリス?」
 帰ってきたんだ! 嬉しさと安堵に目がくらみ、ポーレットは裸足のまま、寝室を飛び出して階段を駆け下りた。
 裏口をもどかしく開いて出ると、人影は彼女を見て、篭もった声で叫んだ。
「ポーレット!」
「ええ、そうよ」
 ポーレットが走り寄り、同時にパトリスも駆け寄った。 差し出した手が触れそうになった瞬間、不意に周囲が暗闇に閉ざされ、何も見えなくなった。
「パトリス! パトリス!」
 懸命に手探りしたが、何も見つからない。 前に二歩、三歩と進んでいるうちに、リラの木に衝突してしまった。
「どうしたの? どこへ行ったの? パトリス!」
 ポーレットのかぼそい叫びを聞きつけて、まだ寝ていなかったらしい執事のルメートルが、上着を引っ掛けながら飛んできた。
「奥様! どうされました?」
「パトリスが、帰ってきたはずなのに、いないの」
「松明を持ってこい!」
 さっそく中から明かりが持ち出されたが、庭には誰もいなかった。 道も静かで、厩には予備の馬がつながれているだけだった。



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