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Chapter U-7


 コリンヌは皿の数を点検し、ナイフとスプーンが粗末な洗い方で曇りを帯びていないか、鋭く目を配った。
 それから、心もとない顔で指示を待っている若いメイドに声をかけた。
「よく洗えているわ」
 少女がほっとして笑顔になりかけたところで、一つ注意した。
「でもエプロンがよれよれ。 黒で縁に刺繍のついた、あれに着替えてきて」
「はい、クレモン夫人」
 地味な食器洗いから開放されて、メイドはいそいそと台所を後にした。
 今日の昼食は、町の織物組合の店主たちが集って話し合う。 家の主人であるシルヴァンの器量が試される場になるわけだ。 ささいなことでも、後ろ指をさされるような失敗はできない。 コリンヌは緊張していた。


 やがて、教会の鐘の音が風に乗って聞こえてきた。 いよいよ正午だ。 間もなく客人たちが訪問してくる。 コリンヌは居間の奥にある大鏡まで行き、地味だが上等な生地を使った服がきちんとなっているかどうか確かめた。
 細いレースをつけた襟元を直す指が、ふと止まった。 二年前の自分なら、こんな襞飾りや刺繍のないドレスに見向きもしなかっただろう。 それに、甘い父はいくらでも小遣いをくれたから、五フラン銀貨を大切に貯め、普段用の頭巾を作る布を買うにもいろいろ計算するという今のつましい暮らしでは考えられないほど、装飾品やハンカチ、髪飾りなど買いまくっていた。
 たった二年前の生活が、夢のような彼方に思えた。


 ゆっくり手を下ろして、家政婦にふさわしい姿を鏡に映していると、よく磨いた鏡面に丈高い男の姿が入りこんできた。
 それは、革製品を手広く扱うこの店の主、シルヴァン・カリエールだった。 まだ三十二歳だが、二十代から大店を切り回しているためか風格があり、四十近くに見える落ち着きを備えていた。
「今台所を見てきたが、すばらしいご馳走だな。 豚の野菜詰めにチコリのスープ、リンゴの砂糖漬け、それに魚のソースかけ。 あれは何の魚かな?」
「ヒラメです」
「助かるよ。 君が来てから、うちの食事は宮廷料理にも劣らないほどだ」
 コリンヌはぎこちない微笑みを浮かべて頭を下げ、落ちてきた後れ毛をそっと掻きあげた。 シルヴァンの傍にいると、緊張してしまう。 低く暖かい声で、気遣いのある言葉をかけてくれるのに、自然に振舞えなかった。
「お客様は、もうお見えですか?」
 食堂の方角を振り返って、シルヴァンは答えた。
「カルヴェさんとデュリエさんは早めに来た。 間もなく残りの三人も揃うだろう」
「では、そろそろお運びしましょう」
「頼む」
 コリンヌが鏡に蓋をして去ろうとしたとき、背後からシルヴァンが呼びかけた。
「コリンヌ」
 コリンヌは、すぐ立ち止まって振り向いた。 シルヴァンは彼女に近寄りかけて、ためらい、また後ろに下がった。
「いや、いいんだ。 後にしよう」



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