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Chapter U-5


 酒場を出て十五分後、一同はコート・デルラン村の海側にある平屋を訪れた。 淡い金髪の娘はコレットとは思えないが、念のため確かめておこうと思ったのだ。
 何人もの男がどやどやと押しかけて不安がられてはと、パトリスとミシェルだけが家の前に立ち、扉を軽く叩いた。
 ほんの少し待っただけでドアが開き、同時にかわいい声が聞こえた。
「早かったのね! さっきは海が荒れていたから、私……」
 扉の前に立っているのが夫ではなく、旅姿の青年二人と知って、白い頭巾を被った若い妻はぎょっとなり、一歩家の中に退いた。
 すかさずミシェルが帽子を脱いで、誠実な口調で挨拶した。
「驚かせて悪かったね、奥さん。 村長のヴィルモランさんを訪ねてきたんだが、道がわからなくなって」
 若い妻は、ミシェルの言葉を聞いていなかった。 彼の存在さえ気づいていないかの様子で、瞬きせずにパトリスの青い眼を見つめ返した。
 やがて口がわななきながら開き、かすれた声が絞り出された。
「悪魔……!」
 パトリスも彼女を凝視していた。 その視線を外さないまま、彼は静かに応じた。
「ファンティーヌ。 確かそういう名前だったな。 できるだけ覚えないようにしていたんだが」
 沈んだ声を耳にして、ファンティーヌは防衛本能を取り戻したらしく、すばやく身をひるがえすと、扉を閉め切ろうとした。
 寸前にパトリスの手が扉の端を捉え、押し戻した。
「怖がるな! もう恐れる必要はない。 それを伝えに、この地へ戻ってきたんだ」
「離してよ。 その手を離して!」
 ファンティーヌは金切り声になった。 だが、パトリスは扉をがっちりと掴んで、てこでも離さなかった。
「あの男は死んだ。 屋敷と財産は政府に没収された。 君にはもう何の危険も及ばない」
「うまいこと言って、また売り飛ばそうというんでしょう!」
「逆だ、ファンティーヌ。 ほんの僅かでも、罪ほろぼしがしたいんだ」
 そう呟くと、パトリスは懐から金貨の入った袋を出した。 ファンティーヌに握らせようとしたが、彼女が尻込みしたので、ぐっと手を引き寄せて、手首に袋の紐をかけた。
「教えてくれ。 なぜ君があの船に乗っていた? 二日前の船に乗せられたはずなのに」
 まだ怯えたまま、ファンティーヌはぎこちなく答えた。
「船員が酔って喧嘩をして、船に火をつけたの。 使えなくなって戻ってきた後、あの船に乗り換えたのよ」
「そうか。 では、コレットと同じ船になったわけだな」
 ファンティーヌの視線が、さっと逸れた。
「ええ……」
「彼女は今、サン・マロの町で働いていると聞いた。 そうなのか?」
「そこまで調べたの」
 女の肩から力が抜けた。
 事実と知り、パトリスもほっと体の力みが解けた。
「二人とも生き延びていたんだな」
「危機一髪だったのよ! 溺れるか、売られるか」
「ああ、わかる」
「あなたに?」
 怒りをぶつけるファンティーヌに、パトリスは静かに言い返した。
「わたしも売られたんだから」



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