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Chapter U-3


「私も行きます!」
 ポーレットがそう叫んだとたん、パトリスは血相を変えた。 まるで以前の自暴自棄だった頃のように、目に険が入り、酷薄なほど厳しい表情になった。
「駄目だ! 君をまた北フランスへ連れていくなんて……」
「もうシールはいなくなったわ。 危険はないのよ」
 彼の言葉に押しかぶせるように、ポーレットは懸命に主張した。 だが、パトリスは頑として応じなかった。
「どこでも危険はつきものだ。 特に旅、長旅は危ないんだ。 この屋敷も、実は二重に守られている。 下男たちは、曲技団や賭けの格闘戦で鍛えた、腕っ節の強い者ばかりだし、執事のルメートルはマスケット銃と短剣使いの名手だ。
 お願いだ、ポーレット、わかってくれ。 わたしが銃士隊の隊長というだけで、すでに狙われやすい。 家族もだ。 その上、よく知らない土地を旅するとなると……。
 だから、ここはこらえて、家で吉報を待っていてくれ」
 ポーレットは、しょんぼりと東屋のベンチに座りこみ、肩を落とした。
「私も……私だって心配なのよ。 旅は確かに危険だわ。 あなたが外出する度に、無事な顔を見るまで心配でしかたがないの。 だから……一緒に行きたいと思って……」
 いじらしくてたまらなくなって、パトリスは妻を軽々と抱え上げ、頬と鼻にキスを贈った。
「嬉しいよ、その言葉が何よりも。 君が待っていると思えばこそ、わたしは人一倍用心するんだ。
 今度も一人旅はしない。 ピエールと他に二人、部下を連れていくつもりだ。 休暇扱いだから、手当てを払ってね」
 パトリスは朗らかに笑い、ポーレットの不安を少しでも和らげようとした。


 実行力の塊であるパトリスは、決めたら早く、出発はその日の午後となった。
 せめて昼食は豪華にと、ポーレットは親しくなった近所の農家や商店に声をかけ、ポークの照り焼きのオリーヴ添えに鶏の詰め物、カマンベール・チーズと精製小麦のパンというおいしい料理を食卓に並べた。
 これには、パトリスだけでなく、ついていくことになったギヨーム・ダンスタンとミシェル・ルノー、それに最近騎士に昇格したピエール・マレも大喜びだった。


 厩の前では、ブラシをかけて手入れの行き届いた馬たちが並び、主人の姿を見ると首を上下させていなないた。
 水代わりのワインや武具、通行証や通り道に住む貴族・豪族への紹介状などの書類を確認してから、パトリスは馬に近づいた。
 ポーレットは後を追い、彼の胸に顔を押し当てた。
「私のために、探しに行ってくれるのね」
「自分の罪滅ぼしのためでもある。 せめて娘たちの一人でも二人でも、助かればいいのだが」
 二人が名残惜しげに口づけを交わす間、残りの三人はさりげなく目をそらしたり、横を向いていたりした。
 ようやくパトリスは妻を離し、馬上の人となった。 部下たちも後に続いた。 蹄が初夏の道に砂塵を巻き上げて遠ざかっていくのを、ポーレットは期待と不安の交錯する表情で、見えなくなるまで目で追っていた。



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