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Chapter U-2


 パトリスは、考え込みながら続けた。
「去年の三月は、三度船がやってきた。 座礁したのが最初か二度目の便なら、次の船で来た船員から話が出たはずだ。
 だから、おそらく三月二十七日のだろう」
「 じゃ、コレットが乗せられた?」
 緊張で強ばった声でポーレットが訊くと、パトリスは頷いた。
「そうだ。 君がずっと気にかけていた、あの金持ちの娘」
「コレットだけじゃないわ。 ファンティーヌ、リュシー、それに名前を聞けなかった二人も」
 改めて良心がうずき、パトリスは唇を噛んで下を向いた。 あわててポーレットは斜めに体を寄せ、夫を抱きしめた。
「いいえ、彼女たちの不幸はあなたのせいじゃない! そんなこと一度も思ったことはないわ。 むしろあなたは、あそこに囚われた少年たちの誰より勇敢で立派だった。 命を賭けて救ってくれたじゃないの」
「あれは君だったからだ。 他の誰のためにもあんなことはしない」
「ああ、パトリス……」


 庭園の外れに、小さな東屋がある。 二人はキスを繰り返しながら、屋根と柱だけの建物に向かい、中に入ると激しく抱き合った。
 十日ぶりの再会だった。 エニシダや柳の陰になったこの空間なら、使用人が近づいてくることもない。 二人は幾度も唇を合わせ、情熱にあえぎながら体を重ねた。


 頼もしい夫の腕で、うっかり転寝〔うたたね〕しそうになって、ポーレットは落ちてくる瞼を懸命に開いた。
 すると、パトリスが片肘をついて、じっと見つめているのがわかった。
 顎をポーレットの肩口に載せると、彼は低く囁いた。
「今、考えていた。 君があの船に乗せられて異国に連れていかれたら、と。 想像しただけで、胸が張り裂けそうになった」
 ポーレットはしなやかな腕を回して、パトリスの頭を抱いた。
「死のうとして助けられて、気力を取り戻した後に、匿名でベルンに使いを出したの。 でも、ソフィーや男爵に黙ってやったから、ちゃんと届いたかどうかさえわからない。 コレットの親御さんに、必ず知らせたかったんだけど」
「そういえば、コレットは親がベルンにいると言っていたな」
「ええ、穀物商人をしていて裕福だと」
「金持ちなら娘を売るはずはない。 きっと今でも探しているだろう」
 顔を引き締めて、パトリスは身を起こした。
「座礁した船から逃れた海賊は、浜の漁師たちに殺され、船倉に入れられていた奴隷が六人救われたそうだ。 噂だと、そのうち四人は若い娘だった」
「きっとコレットよ!」
 ポーレットも跳ね起きた。 ドレスの襟を肩に持ち上げてやると、パトリスは身軽に立ち上がった。
「よし。 休暇をもらってサン・マロへ調べに行こう」




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