翌日、エルシーに頼まれた絵本を2冊買って、エドナは車上の人となった。 昨夜は一晩中悪夢にうなされて、ろくに寝ていない。 汽車の中でついうとうとしてしまった。
不安だった。 会う前よりも、抱きついてお互いの存在を確かめあった今のほうが、遥かに心配は大きくなった。 朝一番に買い求めた新聞を、また広げてみる。 要人暗殺は、一面の見出しになっていた。
「来訪中のオーストリア高官、部下に射殺さる」
前に座っていた中年男が、その見出しを声に出して読んだので、エドナはびくっとして青い顔になった。 男はあわてて帽子を取った。
「いや、すみません。 きっと冷酷な上司だったんだろうと思いましてな。 部下をむやみにこき使っておったんでしょう。 だからそんな目に」
「そうですね」
低く答えて、エドナは新聞を畳んだ。
レインフォートのゆったりしたたたずまいは、ロンドンとはまったくの別世界だった。 静かな駅にひとり降り立つと、ごま塩頭の駅長が微笑んで挨拶した。
「おはよう」
不安な心がいくらか癒される気がして、エドナも微笑み返した。
「おはよう」
明日、おそくとも明後日、ブライアンの運命が決まる。 でも今からこんな興奮状態で、私は明後日までもつのだろうか、とエドナは思った。 心臓発作か何か起こしそうだ。 そのぐらい胸が不規則に高鳴っていた。
マーシュ家の前に、待ちかねたエルシーが立っているのが見えた。 そして、エドナの姿が目に入ったとたん、転がるように走ってきて飛びついた。
「ひとりにしちゃやだよ。 もうどこにも行かないで!」
しゃがみこんで娘を抱きしめると、ふんわりと日なたの匂いがした。 エドナは目をつぶり、気持ちを落ち着かせようと努力した。
「行かない。 お母さんずっとエルシーのそばにいる」
「お父さんもだよ」
不意に頭上から声がした。
エドナの背筋を、電気のようなものが走りぬけた。 こわごわ上げた目の前に、茶色いズボンが見えた。
そのズボンはすっと折れ曲がり、彼は膝をついて母子と同じ高さになった。 エドナは喉を詰まらせてあえいだ。
「ブリー ……」
彼の大きな手が、限りない愛を込めてエドナの頬をたどった。
「自由になったよ、やっと」
「ブリー!」
娘を間に挟んで、2人は固く抱き合った。 エルシーは戸惑い、目をきょろきょろさせていたが、やがて我慢できなくなって叫んだ。
「息、苦しいよ」
泣き笑いしながら、エドナは娘にキスした。
「エルシー、お父さんよ。 あなたのお父さんが、とうとう帰ってきたのよ!」
ジョアナは何も知らず、キッチンで昼食用のパンケーキを焼いていた。 片面が焼けたので引っくり返そうとしてフライ返しを目で探したが見当たらない。 えいっとばかりフライパンを動かして、パンケーキを空中に放り上げた。
そのとき、裏口に人影が見えた。 背の高いその影は敷居をまたぎ、顔一杯の微笑をジョアナに向けた。
「ただいま、お母さん」
ジョアナの手が止まり、パンケーキはどさっと床に落ちた。 だが気にする者は誰もいなかった。 フライパンを投げ出して、ジョアナは夢中で息子の首にしがみついた。
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