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星並べ 22


 ブライアンは慌てず、何事か考えていたが、やがて静かな口調で言った。
「思いもかけないことになったが、うまくやれば、誰も傷つかずに収められるかもしれない」
「えっ?」
  エドナはともかく、トビーの驚きは大きかった。
「だって、あんたオーストリア外務省の書記官だろう? おまけに犯人ってことになってるんだし。 いったいどうやって……」
「僕はオーストリア人じゃない。 名前もハインツ・ベルガーじゃないんだ」
  トビーはゆっくり腕をおろして座りなおした。
「それじゃ、あんたも……偽物ってわけか」
  そこでトビーは気付いた。
「そう言や、さっきリリーちゃんはブリーと呼んだな」
  ブライアンの眉が寄った。
「リリーちゃん?」
  トビーは慌てて手を振った。
「いや、こっちのこと。 まあたぶん、あんたの本当の身分は3ていう数字に関係あるんだろうが、そうとは知らず、すまなかったな。 ごまかし切れるか?」
  ブライアンの顔に、戦前は決してなかった冷たい微笑が浮かんだ。
「やってみせるさ。 シュタインメッツァーは用心深くて、自分の家族さえ騙していい夫、いい父親を演じていた。 どうやっても尻尾がつかめなくて手詰まりだったんだ。 君が殺してくれたことを、シャンパンで祝っている人間がたくさんいるだろう。 たぶん各国の諜報部の連中も」
「オーストリアと戦争にならねえかな」
  今ごろトビーはそんなことを心配しはじめた。 ブライアンは笑って首を振った。
「忘れたのか? 暗殺犯はイギリス人のトビー君じゃなく、オーストリア書記官のベルガーなんだよ」
「あ、そうか」

  古い倉庫の中は静かだが、外は大騒ぎになっているはずだった。 そのうちこの倉庫も捜索の手が入るかもしれない。 ぐずぐずしてはいられなかった。
「僕をどう始末するつもりだったんだ?」
  ブライアンの問いに、トビーは申し訳なさそうに微笑した。
「服を着せて外におっぽり出す手はずだった。 俺の代わりに掴まってもらうってわけ」
  ブライアンはうなずき、周囲を見渡した。
「それで、ここからはどうやって逃げ出す? 悠々とドナまで連れてきているんだ。 確実な逃げ道があるんだろう?」
  トビーはパチッと指を鳴らした。
「さすが伊達にスパイやってねえな。 実は、こっちなんだ」
  そしてトビーはドナにむかって手招きした。
「ランプ持ってきてくれ」
  奥の隅にごちゃごちゃと立てかけられた古い建材をどかせると、そこに、『不思議の国のアリス』にあるような小さなドアが姿を現した。
  両手を打ち合わせて埃を払いながら、トビーは陽気に言った。
「上の倉庫は19世紀に建てたものだが、この地下室はそのずっと前からあったのさ。 中世の坊主が逢引きに使ったとかいろいろ言われてる抜け道が、向かいのパプに通じてるんだ。 パブの親父が荷物置き場にしてるが、通れないことはないぜ」


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