地下室の扉には頑丈な南京錠がかかっていた。 トビーは懐から鍵を取り出して錠を開けた。
中は真っ暗で、物音1つしなかった。 ランプをかざして、トビーが足を踏みこんだそのとたん、まるで闇に吸い込まれたように姿が消えた。 ランプが横に飛び、あえぎと渾身の力を振り絞った呻きが飛び交った。 どうやら書記官は自力で縄をほどき、暗がりでトビーを待ち構えていたらしかった。
エドナは無我夢中で地下室に飛び込み、床に落ちたランプが消える前に拾い上げた。 2人の男は激しく格闘している。 床を転がりまわり、壁に打ち付けあっている。 やがて一人がもう一人に馬乗りになり、下の男が出した銃を取り上げて、相手のこめかみに押しつけた。
エドナはランプを上げてその顔を見た。 喉の奥から無意識に音が湧き出た。 ヒューッというかすれと共に、木枯らしに似た叫び声が男たちの耳をつんざいた。
「やめて! ブリー、撃たないで!」
上になっていた男の動きが、ぴたっと止まった。 ふるえながらランプを床に置くと、エドナは足を引きずって男に近寄り、ぼろ切れのように崩れ落ちて、その体に激しく抱きついた。
男は初め、動かなかった。 何がなんだかわからない様子で、トビーを押さえつけたまま、じっとしていた。
やがて、わずかに口が開いた。
「……ドナ?」
自分自身の声が耳に入った瞬間、男の全身が火のようになった。 上半身をねじると、彼はエドナを抱き寄せ、持ち上げ、目といわず鼻といわず顔中めちゃくちゃにキスの雨を降らせた。
やがて下敷きになっているトビーがうなった。
「重いよ、お2人さん」
恋人の肩で泣きじゃくっていたエドナは、真っ赤になった眼をなごませて、トビーを見た。
「ありがとう、トビー。 彼を傷つけないでくれて」
そしてブライアンに訴えた。
「この人はトビー・パーカー。 スパイでもテロリストでもない普通の人。 やむを得ない事情があって、こんなことをしてしまったの」
ようやくブライアンが力を緩めたので、なんとか下から抜け出しながら、トビーはぶつぶつ言った。
「あんたの彼氏はドイツ野郎だったのか」
エドナは素早くブライアンを見た。 埃で顔中まだらになり、不細工な下着姿なのに、彼は相変わらず美しく、エドナをむさぼるように見つめ続ける眼は、変わらぬ青さをたたえていた。
秘密任務を帯びている彼は、どこまで本当のことを話せるのだろう。 エドナにはわからなくて、うまく声を出せなかった。
しっかりエドナを抱きかかえたまま、ブライアンはキングスイングリッシュで、はっきりと言った。
「トビー君、 くわしく事情を話してくれたまえ」
トビーは頭をかき、床に脚を伸ばして座った。
「敵討ちをしたのさ」
その一言だけで、ブライアンにはだいたいの事情が飲み込めたらしかった。
「僕になり代わって、シュタインメッツァーを暗殺したんだな」
「そのとおり」
トビーはにっこりした。
「俺は私立探偵で、うっかり奴の部下から暗号の鍵を盗んじまったんだ。 そのせいで、仲間の一人が殺された。 だから、あんたに化けてあの野郎の隣りに座って、オーケストラがシンバルを鳴らしたときに消音銃で撃ったんだ。 すぐには誰も気付かなかったよ」
「鮮やかな手口だ」
「ありがとう」
トビーは膝を曲げ、腕で抱えた。
「さて、これからどうする? 暗殺はあんたがやったことになってるんだぜ」
そうだ……! とたんにエドナの全身が震えだした。
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