表紙へ行く

星並べ 18


 相変わらずのトビーを見たとたんに、エドナは悟った。 この男だったのだ。 訪ねてきた金髪男は。
  がっかりしたと同時に、心の片隅で胸を撫で下ろして、エドナは彼にちょっと笑いかけた。
「無事だったのね」
「あんたもな」
  ぶらぶらと近づいてきながら、トビーは軽く首をかしげた。
「なんか雰囲気が違うな。 おとなっぽい格好してるからか?」
「もう若作りはやめたのよ。 ほんとの年は24」
  エドナが正直に言うと、トビーは別に驚いた様子もなく、軽くうなずいた。
「まだてんで若いよ。 ヘレンが妬いたのは無理ねえな」
  その名前を聞くと、未だにエドナは落ち着いていられなかった。 恐怖で心臓がびくっと跳ねた。
「ヘレンは……」
「バラされた」
  食いしばった歯の間から、トビーは言葉を押し出した。
「あんなに俺を頼っていたのに、守ると兄貴に誓ったのに…… 俺のせいで、ヘレンは……」
  兄貴に誓った? 意外な言葉だった。 今の今まで、エドナはヘレンがトビーの恋人だとばかり思い込んでいた。
「じゃ、ヘレンは」
「戦死した兄貴のかみさん」
  エドナの視線が揺れ動いた。 それならあの当時、ヘレンとエドナは愛する人を失ったという、共通の立場だったのだ。 それなのに、エドナはヘレンから剥き出しの敵意を感じた。 なぜヘレンはあんなにエドナを嫌い、逃走用の自動車まですっぽかしたのだろう。
  理由は一つしか考えられなかった。 言おうかどうしようか少し迷ったが、結局エドナは口に出してしまった。
「でも彼女、私の若さっていうより、私があなたのそばにいることをひどく嫌がってたわ。 それってあなたのことが好きだったからじゃない?」
  トビーは肩をすくめる動作をしてみせただけだった。 そうだとも違うとも言わない。 だが、ヘレンの気持ちに気付いていなかったはずはないと、エドナは思った。
「また出かけるのか?」
  不意に問われて、エドナは我に返った。
「ええ」
「妹はどこ行った?」
「エルシーは人に預けてあるの」
「そうか。 いよいよ足を洗うんだな」
  相変わらずトビーは鋭かった。

「荷物持ってやるよ」
  そう言うなり、エドナが右手に下げていたバッグを奪うように取って、トビーは彼女と並んで歩き出した。
「鉄道の駅か?」
「そう。 南へ行くの」
「あったかい方か。 いいなあ」
  トビーは目を細めて、しんみりした声を出した。
「俺はさ、ワイト島に住みたかったんだ。 羊なんかいて、面白そうだ」
  都会っ子そのもののトビーがのどかなワイト島に? エドナはその光景を想像しようとしたが、どうしてもできなかった。
  口調を変えずに、トビーはさりげなく続けた。
「もうたぶんどこにも行けない。 最後にあんたの無事だけは確かめたかったんだ」


表紙目次前頁次頁
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送