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星並べ 14


 レインフォートは南部の静かな町だった。  2丁目のあたりは中流の人たちの住みかで、低い木の垣根にバラやつる草がからみ、手入れのいい庭木から小鳥の声が聞こえてきた。
  地味な帽子を被り、上等なウールの服を着てきたにもかかわらず、エドナ〔=リリー〕はどうしてもうつむき加減になって、エルシーの手をしっかりと掴み、早足で歩いた。 街全体から無言で拒否されているような気がする。 次第に心が硬くなっていった。
 
  目的の家は、茶色に塗った四角い建物だった。 前庭で2匹のスコティッシュ・テリアがじゃれあっていて、母子が近づくと面白いかすれ声で吠えた。
  服の前をきちんと合わせて、ドアのガラスで乱れがないか点検した後、エドナは1つ段を上がって、軽くノックした。
「はい」
  穏やかな声が中から聞こえた。 這い上がってくる心細さをはねのけるように首を振って、エドナは待った。
  間もなくドアが開いた。 エドナは小さく咳払いすると話し出そうとしたが、その前に、中から顔を覗かせた中年女性が喉の詰まった声で言った。
「まあ、やっと来てくれたのね」

  エドナは一瞬息を止めた。 聞き間違いだと思った。 さもなければ人違いだと。
  しかし、その女性は金髪の子供を見るなり膝を曲げてかがみこみ、感極まった声でささやいた。
「それじゃ、あなたがエルスペス……エルシーなのね」
  深い愛情が伝わったのだろう。 普段人見知りのエルシーは、指を一本くわえながらも、そっともう片方の手を差し出して、小さく振った。
  女性は涙をこらえながら幾度もうなずいた。
「こんにちは、エルシー。 私はジョアナ・マーシュ。 あなたのお祖母ちゃんよ」
  そして、子供をおびえさせないようにゆっくりと手を伸ばして、エルシーの手に軽く触れた。
「いらっしゃい。 本当によく来たわね。 さあ、入って」
  立ち上がったジョアナに入口を示されたとき、ようやくエドナはかさかさに乾いた口を開いた。
「歓迎して……くれるんですか?」
「もちろんよ」
  びっくりして、ジョアナは答えた。
「ずっと心配していたのよ。 元の住所に連絡したら、とっくに出ていったというし、探しても見つからないし。 今はどこも暮らしを立てるのが大変なのに、不自由しなかった?」
  愛らしいエルシーをほれぼれと見つめながら、ジョアナは目をなごませた。
「上手に育てたわね。 手なんかまるまるして、いいところのお嬢さんみたい」
  その言葉こそ、6年必死に生き抜いてきたエドナにとって、最高のご褒美だった。 こらえきれなくなった涙がどっとあふれ出て、エドナの顔は雨降りのフロントガラスのようになった。
  ジョアナの腕が彼女を引き寄せ、子供のように頭を撫でた。
「泣きたいだけ泣いていいのよ。 私も未亡人になって人並みの苦労をしたわ。 あなたの気持ちはわかるつもり」

  招き入れられた居間は、絨毯にも壁紙にもクラシックな花模様が咲いていて、あたたかい雰囲気だった。 奥から嬉しそうに高くなった椅子を取り出してきてエルシーを座らせると、ジョアナはしみじみと言った。
「またこの椅子が使えるなんてねえ。 ブライアンが子供時代に使っていた椅子なのよ」
  とたんにエドナの表情が凍りついたようになった。 ブライアン… そう、彼はいったい、どこにいるのだろう。
  ジョアナがポットの支度を始めたので、エドナは急いで席を立った。
「お手伝いします」
  ジョアナは断らずに微笑した。
「そう? じゃ紅茶はお願いね。 私は木苺のパイを出してくるわ。 ちょうど昨日焼いたところなのよ。 ブライアンに送ろうと思って」
  またブライアンだ。 しかも、ごく自然に口に出てくる。 エドナは激しい焦りに心臓が不規則に鳴るのを感じた。
「あの」
  棚に手を伸ばしていたジョアナが振り向いた。
「なに?」
「ブライアンは、どこにいるんですか?」
  ジョアナは真面目な顔になって、パイ皿をテーブルに置いた。
「それがね、私にもわからないの」

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