「それで、いつやるの?」
「その男は、火曜日に必ずシティに行くんだ。 つまり明日だな。 だから、やるのは明日」
「ずいぶん急ね」
「はやく済んだほうがいいだろう?」
それは確かにそうだった。 リリーは1時間でも1分でも、できるだけ早くこの男から離れたかった。
「わかった。 カモに仕掛けるのは何時ごろ?」
「午前9時半ごろだ。 だから8時40分には来てくれ。 いや…俺が迎えに行ったほうがいいな」
「うちへ?」
ぎょっとなって、リリーは身を引いた。
「やめてよ。 近所じゃ、清く正しい孤児の姉妹ってことになってるんだから、朝の8時台に男が迎えに来ちゃ大迷惑」
プッとヘレンが意地悪げに吹き出した。
「妹ね。 ほんとは娘なんでしょう?」
リリーの顔からさっと血の気が引いた。 とたんにトビーが女2人の間に入り、真面目な態度で取りなした。
「当てずっぽうでひどいこと言うんじゃないよ、ヘレン。 ごめんな、リリー。 嫌なことがあって、ちょっと気が立ってるんだ」
いくらか肩の力を抜き、リリーはうなずいた。 だが、鋭い視線を年上の女から離さなかった。
「気を悪くするなよな。 じゃ明日は8時半にジャーミンストリートのダニエルズっていう靴屋の前で待ち合わせよう。 それならいいだろう?」
仕方なくリリーがうなずくと、トビーはすばやく4枚のポンド紙幣を取り出して、リリーの手に押しつけた。
「気の毒なことしたから4にしとく。 2シリングの分、明日は遅れないで来てくれよ」
トビーは別にタクシー代もくれた。 だからリリーは久しぶりにお姫様気分で、よさそうな運転手を選んでタクシーを使い、家の前まで乗りつけた。
気取って車から降りると、途中で彼女を見失って家の付近をうろうろしていたラッキー・ジョーが駆け寄ってきた。
「掴まらなかったんだ! よかった!」
「あいつ、デカじゃなくて探偵だった」
リリーがそう告げると、ラッキー・ジョーは口を耳まで広げて笑った。
「そうか。 この辺じゃ見かけない顔だと思った」
一瞬、リリーの顔が辛そうに歪んだ。 そう、この辺では見かけない顔立ちの男… リリーがまだ『リリカル・リリー』になる前に彼女の心を捉え、求愛し、そして二度と戻って来なかった男に、あまりにも似た面差しだった。
重い足取りで、下宿している大衆食堂の二階に登ると、一人で人形遊びをしていたエルシーが飛びついてきた。
「おかえり!」
「ただいま」
エルシーの額にキスしてから、リリーは衝動的にぎゅっと抱きしめた。
「あんたのために頑張るからね。 石にかじりついてもいい学校に入れる。 お嬢様になって、誰にも馬鹿にされないように」
エルシーに見られないように固く抱きしめたまま、リリーは少女の背中で涙を流していた。
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