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星並べ 11


「それで、いつやるの?」
「その男は、火曜日に必ずシティに行くんだ。 つまり明日だな。 だから、やるのは明日」
「ずいぶん急ね」
「はやく済んだほうがいいだろう?」
  それは確かにそうだった。 リリーは1時間でも1分でも、できるだけ早くこの男から離れたかった。
「わかった。 カモに仕掛けるのは何時ごろ?」
「午前9時半ごろだ。 だから8時40分には来てくれ。 いや…俺が迎えに行ったほうがいいな」
「うちへ?」
  ぎょっとなって、リリーは身を引いた。
「やめてよ。 近所じゃ、清く正しい孤児の姉妹ってことになってるんだから、朝の8時台に男が迎えに来ちゃ大迷惑」
  プッとヘレンが意地悪げに吹き出した。
「妹ね。 ほんとは娘なんでしょう?」
  リリーの顔からさっと血の気が引いた。 とたんにトビーが女2人の間に入り、真面目な態度で取りなした。
「当てずっぽうでひどいこと言うんじゃないよ、ヘレン。 ごめんな、リリー。 嫌なことがあって、ちょっと気が立ってるんだ」
  いくらか肩の力を抜き、リリーはうなずいた。 だが、鋭い視線を年上の女から離さなかった。
「気を悪くするなよな。 じゃ明日は8時半にジャーミンストリートのダニエルズっていう靴屋の前で待ち合わせよう。 それならいいだろう?」
  仕方なくリリーがうなずくと、トビーはすばやく4枚のポンド紙幣を取り出して、リリーの手に押しつけた。
「気の毒なことしたから4にしとく。 2シリングの分、明日は遅れないで来てくれよ」


  トビーは別にタクシー代もくれた。 だからリリーは久しぶりにお姫様気分で、よさそうな運転手を選んでタクシーを使い、家の前まで乗りつけた。
  気取って車から降りると、途中で彼女を見失って家の付近をうろうろしていたラッキー・ジョーが駆け寄ってきた。
「掴まらなかったんだ! よかった!」
「あいつ、デカじゃなくて探偵だった」
  リリーがそう告げると、ラッキー・ジョーは口を耳まで広げて笑った。
「そうか。 この辺じゃ見かけない顔だと思った」
  一瞬、リリーの顔が辛そうに歪んだ。 そう、この辺では見かけない顔立ちの男… リリーがまだ『リリカル・リリー』になる前に彼女の心を捉え、求愛し、そして二度と戻って来なかった男に、あまりにも似た面差しだった。

  重い足取りで、下宿している大衆食堂の二階に登ると、一人で人形遊びをしていたエルシーが飛びついてきた。
「おかえり!」
「ただいま」
  エルシーの額にキスしてから、リリーは衝動的にぎゅっと抱きしめた。
「あんたのために頑張るからね。 石にかじりついてもいい学校に入れる。 お嬢様になって、誰にも馬鹿にされないように」
  エルシーに見られないように固く抱きしめたまま、リリーは少女の背中で涙を流していた。



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