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星並べ 10


 トビー・パーカーはリージェント通りに出ると、口に指を入れてピーッと鋭く吹き鳴らし、あっという間に流しのタクシーを呼んだ。 そして、リリーを先に押し込んでからドアを閉めた。
  リリーはできるだけ彼から離れて座り、ガラス窓から外を眺めた。 トビーは長い脚を組み、野暮なチェックの上着の前ボタンを外すと、ポケットから空色のネクタイを出して、それまでしていた大きな蝶ネクタイと取り替えた。
  それだけで、彼は見違えるようになった。 帽子を後ろにずらしてあみだにすると、口笛を吹きながらシャツの袖を伸ばし、ズボン吊りで短くしていた裾をおろして、仕上げだった。 もうトビー・パーカーはどこから見ても田舎者どころではなく、流行の最先端を行くモダン・ボーイになっていた。
  やがてロンドン北部の住宅街に車が到着し、2人は降りた。 そのとき初めてトビーの変身を知って、さすがのリリーも大きい眼を一段と大きくした。
「あれ」
「さっきのおのぼりさんはどうしたって? これぐらいできなきゃ探偵なんてやってられないよ」
「役者か何かしてたの?」
「まあな。 さあ、行こうぜ。 あそこが俺様のホーム・スイート・ホームだ」

  その家は、高級まではいかなくとも、なかなかしゃれた中流住宅だった。 地下室つきなので何段か階段を上って玄関に入る形になる。 窓に真っ白なレースのカーテンがかかっているのを、リリーは無意識にうらやましげな眼で眺めた。
  玄関横の居間には、女性が待っていた。 今風のショートカットにしたリリーとはちがい、髪を長くお下げに編んで、日輪のようにぐるりと頭を巻き、首の後ろで止めていた。 着ている物もおとなしやかな裾の長いワンピースで、流行の膝上スカートではなかった。
「ただいま、ヘレン」
  さっと帽子を脱いで、トビーは上品な美人の頬に挨拶のキスをした。 ヘレンとよばれたその美人は、冷たいブルーグレイの眼でリリーをしげしげと見つめながら、そっけなく尋ねた。
「その子なの?」
「そうだ。 リリカル・リリー〔=情熱的な百合〕ちゃんだよ」
「しけた子」
  上品な見かけにしては雑な言葉遣いだった。 リリーがジロッとにらむと、ヘレンも負けずににらみ返してきた。
「こんな子、信用できるの?」
「たぶんな」
  トビーはさりげない口調で言った。
「ちゃんと報酬を払ってやりゃあ、裏切ったりはしないよな。 妹を養ってるんだから、金がいるはずだ」
  リリーの頬がピリッと痙攣した。
「下調べしてるのね」
「そりゃそうさ。 俺の職業忘れた?」
  そうだ、こいつは探偵だった…… リリーは唇を噛んだ。 彼はリリーの私生活を知っている。 尻尾をつかまれたも同然だった。

  ヘレンがふくれて何もしないので、トビーが気軽に紅茶を入れて、クッキーを缶から出してきた。
「さて、打ち合わせだ。 まず俺が酔っ払ったふりをして、ある男にぶつかる。 そいつともめるか、あやまるかしている間に、リリーちゃんがパッと財布を抜き取って、すれ違いにヘレンに渡す。 それで終り」
  すった直後に相棒に渡すのは、スリの初歩的手口だった。 単純だが効果的だ。
「その財布の中身が報酬なの?」
「ちがう。 必要なのはある紙切れだけなんだ。 取った財布はヘレンが拾ったことにして返す」
「ふうん」
  興味なさそうに、リリーは横を向いた。


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