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星並べ 4


  エドナはゆっくり首を回し、大きく開いた眼でブライアンを見返した。
「結婚……?」
「そう。正式に申し込んでるんだ。 指輪も持ってきた」
  エドナは急いで正面に向き直った。 あまり驚いたので、耳の中にどっくんどっくんと鼓動が響き渡っていた。
「あの、ご両親は何て?」
「父はおととし亡くなったんだ。 母には手紙を出した。 そしたら、結論を急がないで、もう少し付き合ってからにしなさいって」
  私が親でもそう言うだろうと、エドナは思った。 オックスフォードに通うエリートが、親のいない庶民の娘を妻にしたがるなんて。
  だが、エドナをしっかり抱きしめながら、ブライアンは強い口調で続けた。
「大人ってすぐそういう事を言うんだ。 何が起こるかわからないのに。 君がこんなに素敵で、誰かに取られちゃうかもしれないっていうのに」
「ね、ブライアン」
  彼は熱くなっていて、エドナの言葉さえ耳に入らなかった。
「ちゃんと言うよ。 言わせてくれ。
  エドナ、僕には君しかいない。 結婚してください」
  どうしよう――エドナは口が乾いて、緊張で背中が痛くなってきた。 まだ早すぎる、という声がどこから聞こえたが、もう1つの心配の方が大きかった。 ことわったら、もうブライアンに会えない。 エドナは彼と別れたくなかった。
  10秒ほどの間に心を決めて、エドナはささやきに近い声で答えた。
「ええ、いいわ。 お受けします」
  オーッという小さな喜びの叫びが、ブライアンの口をついて出た。 それから彼はエドナを抱きしめ、強くキスした。 唇を重ねただけの、純情なキス。 だが2人には初めての、いつまでも思い出に残る口づけだった。
 
  顔が離れると、ブライアンは手に握っていて汗ばんだ小箱を開き、ルビーを散りばめた指輪をエドナの薬指にはめた。 ほんのわずか緩かったが、きついよりはずっとよかった。
  かわいいデザインの指輪をじっと見つめながら、エドナはあまり言いたくないことを口にした。
「この婚約は秘密にしておきましょう」
  ブライアンが驚いて身動きした。
「なぜ!」
「だってあなたはまだ学生だから。 卒業したら、胸を張ってあなたのお母さんに会いに行ける。 私、みんなに祝福されて結婚したいの」
「そうか……」
  がっかりした口調でブライアンがつぶやいた。 彼を失望させたのが悲しくて、エドナはもう一度自分からキスした。 ブライアンは夢中で応じた。
  顔が離れた後も、彼はエドナを腕に囲いこんだまま、幾度も頬ずりを繰り返した。
「好きだよ、ドナ」
  熱い息吹が頬にかかった。
「お願いだから、僕のものになって。 もう二度と、君を離したくないんだ」
  彼の肩に顎を載せて、エドナは薄闇の彼方を見つめた。 引き返せない曲がり角に、今立っている実感があった。
  結婚前に深い仲になるのは、決して褒められたことではない。 だが…彼といると、こんなにあたたかい。 勇気を持とう。 一歩踏み出そう!
  声には出せなくて、エドナが小さくうなずくと、ブライアンはベンチから立ち上がり、軽々と彼女を抱きあげた。 そして緩やかな土手を下り、銀の刷毛で刷いたような川面でゆっくりと揺れている平底舟に下ろすと、櫂で小さな船着場を突いて、水上に出た。
  ゆるやかな流れはボートを包み、下流へと運んでいった。 やがて小さな渦に吸い寄せられ、木の根にからめ取られて動きが止まるまで。


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