5月の末、爽やかな風の吹く日曜日に、またブライアンとパディントン駅で待ち合わせしたとき、エドナは彼がひどく変わって見えたので驚いた。 わずか8日間で一回り細くなっているようだし、眼の下に黒ずみができている。 父親がチフスで寝込んでいるとき、こんな顔だったので、エドナはぞっとした。
「ねえ、どうしたの? 病気だった?」
一瞬きょとんとした青年の顔が、すぐ笑みに変わった。
「いや、そうじゃないんだ。 うちのコレッジでは1年生と3年生の終りに試験があるんだよ。 それに合格点を取らないと、即退学。 だから2晩徹夜しちゃって」
「まあ」
エドナはほっとしたのと気が咎めたのとで、ぎゅっと胸を押さえた。
「それじゃデートなんてしてるときじゃなかったんだ。 言ってくれればよかったのに」
「言う気なかったよ」
と、ブライアンはさらりと答えた。
「どうしても会いたかったから。 それに、君が励みになって、すごく頑張れたんだ。 昨日結果がわかって、見事合格!」
「よかった!」
思わずエドナは彼に飛びついて、頬にキスしてしまった。
ブライアンはぽっと赤くなった。 嬉しそうな、照れくさそうな、中途半端な表情だ。 まったくすれていない、その素直な態度が、エドナには一番魅力的に見えた。
次々と学期末試験が終了し、学生たちが故郷に帰り始めても、まだブライアンは寮に留まって、エドナに会いに来た。 公園や動物園に行ったり、美術館を訪れたり、ときにはただ道端を散歩するだけの、控えめな付き合いだったが、ふたりの心は急速に寄り添い、結びついていった。
6月の半ば、エドナはブライアンに思わぬ招待を受けた。 最後に残っていた仲間たちが『しばらくお別れのパーティー』を開くので、来てくれないかというのだ。
「気のおけないダンスパーティーだから、着飾る必要はないんだ。 あの……ダンス用の服、持ってる?」
「ないけど、友達に借りられるわ」
「よかった!」
ブライアンの聡明そうな顔が、ぱっと輝いた。
念のため、幼なじみ3人に声をかけて、エドナは一番似合うグレイがかった緑のボイルの服を選んだ。 服に合わせて同色の靴を買い、わくわくしながら待っていると、下宿屋の前にブライアンが現れた。
二階の窓から見た彼は、場違いにスマートで格好よかった。 服に気を使わないでと言った割には正装で、略式のディナージャケットを着ている。 急いで降りていったエドナを見て帽子を取ると、金髪が玄関の明かりに映えてちらちらと光った。
彼は馬車を雇っていた。 粋なスタイルの二輪馬車だ。 並んで座って手を握り合うと、手袋越しに体温がじんわりと伝わってきて、わけもなく幸せな気分になれた。
パディントンからオックスフォードまで、汽車で約1時間半。 パーティー会場についたときはすでにたけなわで、軽快なバンドの生演奏に乗って、若者たちが踊りまわっていた。
ブライアンは出会った人全員にエドナを紹介した。 学生たちは、エドナが考えた半分も気取ってはいなくて、明るく親切だった。 エドナが小粋な美人だというのが、その親切の大きな理由だったことは確かだが。
1時間ほど踊った後で、ブライアンはエドナの手を取って、薔薇の甘い香りのただよう戸外へ連れ出した。 そして、庭に置かれた白いベンチに腰かけると、ポケットから小さな箱を取り出し、喉に手を当てて咳払いした。
エドナはあまり緊張せずに、足を軽くぶらぶらさせながら一面の星空を見上げた。
「ここはロンドンとちがって空気がいいわね。 澄んでるから、ほら、こんなに星が見える」
ブライアンもつられて上を眺めた。
「子供の頃、父が星座を説明してくれたんだ。 あれがカシオペア、これがオリオンってね。 でも、いくら見つめてもそんな風に見えないんだ。 古代の人はよっぽど想像力がたくましかったんだね。 だから父に、ちゃんと形がわかるように星を並べなおしてくれと言って、困らせたらしい。 自分じゃよく覚えてないが」
微笑しながら、エドナは体を横に倒してブライアンに寄りかかった。
「私はね、勝手に自分の星を作ってた。 あの動かない星。 北極星ね。 両親がなくなったとき、あの星に行ったんだって決めたの。 冷たくなってお墓に入ってるんじゃない、あの星で楽しく暮らしてるんだって」
静かにブライアンの腕がエドナの肩に回った。 低い、音楽的な声が小さくささやいた。
「じゃ、あそこからご両親が見ている前で申し込むよ。 エドナ、僕と結婚してくれないか?」
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