濡れた歩道を並んで歩きながら、ふたりは自己紹介し合った。 青年の名前はブライアン・マーシュ。 オックスフォードのキーブル・コレッジの3年生で21歳。 エドナも名前と職業を告げた。
「私はエドナ・シーウェル。 みんなドナと呼ぶわ。 仕事はね、帽子につける飾りを作ってるの」
「かわいい仕事だね」
「材料が皮や造花だから硬くて力がいるの。 見かけほど楽じゃないわ」
「休みの日は、いつ?」
「日曜日と、月に一回第3土曜日」
「そう。 じゃ、次の土曜は休日だね。 一緒に、ええと、キューガーデンに花を見に行かないか?」
とてもちゃんとした誘いだった。 エドナは思わず顔がほころびるのを押さえきれなかった。 やっぱりこの人はプレイボーイじゃない。 まともなデート場所を選んでくれた。
「ええ、素敵ね。 何時?」
ブライアンは上着のポケットからごそごそと懐中時計を引き出して眺めた。
「今3時43分」
彼の早とちりに可笑しくなって、エドナは指で腕を軽く突っついた。
「今の時間じゃないの。 今度の待ち合わせ時間」
「そうか」
彼はまた赤くなって、急いで古びた時計をしまった。
「11時半はどう? キューの門の前で」
「ええ、そうしましょう」
3つほど年下なのに、エドナはブライアンの姉になったような気分だった。 ほんとにこの人かわいい――心が軽く浮き立った。
次の土曜日は風が強く、天気がくるくる変わっていたが、エドナが少し早めの11時15分にキューガーデンに着いたとき、ちょうど雲が割れて光の帯が街を包んだ。
ブライアンはもう先に来ていて、鉄の門の横でエドナに手を振った。 2人の顔にはそれぞれほっとした微笑みが浮かんだ。 すっぽかされたらどうしよう、とどちらも密かに思っていたのだ。
ガラスの温室では、高いドームが日光を受けてきらきら輝いて、神々しいほどだった。 なじみのある薔薇やしゃくなげから、ややっこしい学名のついた異国の花まで、若い二人は熱心に見て回り、頭を寄せて語り合った。
「これはラテン語で一代雑種っていう意味だ」
「大学ってラテン語をやるのよね」
エドナは感心した。
「もう誰も使ってない言葉だけどね。 話されなくなった言語…… なんだか寂しいな」
「英語もいつかそうなるかしら」
「わからない。 今は世界中に広がってるけど、だんだん形は変わるだろうね。 ケルト語がアングロサクソンやフランス語の影響を受けて語彙を増やしていったように」
ブライアンは、相手が町娘だからといって話の質を落とすことはなかった。 だからときどきわからなくなる。 それでも対等に扱ってくれている心が伝わってきて、エドナはうれしかった。
1時近くなったころ、2人は街に出て、小さなレストランで昼食を取った。 ビーフシチューは大したことはなかったが、とり肉のパイの味は素晴らしく、ブライアンがお代わりしたいと言ったほどだった。
満足して幸せな気分になって、2人は並木道を歩いた。 半日休みなので、のんびりした手回しオルガンの音がどこからか響いてくる。 ねむくなるような、テンポの遅いワルツだった。
大きな駅の建物が見えてきたとき、ブライアンは横を歩くエドナの手をこわれ物のようにそっと握った。 そして、どこか不安げな調子で尋ねた。
「また会える?」
エドナは大きくうなずいた。
「ええ!」
これが、不器用でほほえましい恋の始まりだった。
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