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ホームランその7

  「痛い?」
 孝美はおそるおそる訊いてみた。
「いや。 普通にしてれば平気。 でも重い物は持てないな」
 首を垂れて、孝美は考えた。 森本のようなエース級は推薦で入学してきている。 彼らは、スポーツで好成績を上げられないと様々な補助や特典を取り消されるので、だいたい転校していってしまう。
 心の奥に怖さがあった。 だが、一人の人間の夢と将来がかかっているのだと思うと、試してみずにはいられなくなった。
 ためらいがちに、孝美は森本に近づいた。
「少し楽にしてあげられるかもしれない。 腕、さわっていい?」
 森本は、あっさり手を出した。 もうどうでもいいと観念している雰囲気だった。
「揉むなよ。 痛いから」
「そんなことしないよ」
 袖の上からでも大丈夫だった。 孝美は森本の利き腕を両手で挟み、集中するために目を閉じた。
 間もなく、指先がカッと熱くなった。 森本も感じたらしく、姿勢を正すような動作をした。
「お…… あれ?」
 ほとんど力を入れず、ただそっと持っているだけなのに、森本の腕が上がりはじめた。 そして、まっすぐ伸びたまま、体と直角になったところで止まった。
 腕の中から、プチプチッと小さな音がした。 それに驚いたのは森本よりも孝美で、反射的に挟んでいた両手を引っ込めてしまった。
 森本の腕は下がらなかった。 サウスポーだから左腕だけが前に突き出ている。 そのままゆっくりと肘を曲げてみて、森本は上ずった声で囁いた。
「曲がる」
 孝美は一歩後ろに下がった。 改めて後悔が押し寄せてきた。 それにしても、本当に治ったのか? 一時的な現象じゃないのか?
 腕の曲げ伸ばしが速くなった。 森本の顔が、夕暮れの中で一段と赤く染まった。
「もしかして……治した?」
 孝美は逃げ出そうとした。 だが、森本が素早く捕まえた。 これまで力の入らなかった左手で。
「なあ、これって奇跡か? 山之内って超能力……」
「やめて!」
 全力で叫ぶと、孝美は腕を振り切った。
「まだわからないよ! 明日になるまで確かじゃないから!」
「でも、もし治ってたら……」
「ひとつ約束して」
 必死の形相で、孝美は森本に頼んだ。
「このこと誰にも言わないで」
 森本は激しく瞬きした。
「わかった。 山之内が言ってほしくないんなら」
「絶対だよ。 野球の神様に誓って、絶対に言っちゃだめだよ」
 何か決定的な言葉はないかと、孝美は頭を忙しく回転させた。
「ひとことでも話したら、治ってても元に戻しちゃうからね!」
 そして、全力で走り去っていった。



写真:NOION
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