孝美は、驚きのあまり息切れした声で問い返した。
「あんた誰?」
ウサギは可笑しそうに答えた。
「柿崎〔かきざき〕。 同じクラスだろうが」
だろうがって言われたって、全身着ぐるみ状態で見分けられるわけがない。 そうわかって聞けば、確かに柿崎の声だが。 いつも一番後ろの特等席を占領しているノッポで、足を机に載せて冗談ばっかり言ってるヤツだ。
柿崎なら遠慮がなかった。 孝美はピンクの手先を掴み、大急ぎで尋ねた。
「森本は? 今日はバイトしないの?」
「おとといが特別。 俺が食いすぎで腹痛いって言ったら代わってくれたの」
なんだ、臨時だったのか――孝美は運命の不思議を感じた。 ここはいつもの通学路ではない。 あの日はたまたま洗濯日で、しかもどっちかというと道を間違えてさまよいこんだのだ。 それで偶然、一日だけここに立っていた森本に会うなんて。
孝美が考えていると、柿崎が間延びした声を出した。
「なあ山之内。 もう手離さねえ? 目立つよ。 ウサギとラブラブなんて言われたくないだろ?」
「ちょっとこっち」
離すどころか強く引っ張って、孝美はポストの横へ柿崎を連れ込んだ。
「私が森本を探しに来たこと、黙ってて」
「なぜに」
「森本の親衛隊に誤解されたくないから」
「ゴカイも六回もねえよ。 両思いなんだろ?」
孝美はのけぞりかけた。
「ちが〜〜う! そんなんじゃない! 初めに言ったっしょ? 助けてもらったの。 だからお礼が言いたかったの!」
「学校で言やいいじゃねえ」
「どこでよ。 森本が一人になるのって男子トイレぐらいしかないよ」
ぷっと吹き出す音が聞こえた。
「かもな。 会いたいのか。 よし、俺も男だ。 あいつを呼び出してやるよ。 いつ、どこが都合いい?」
「ほんと?」
柿崎はのほほんとしているが人はいい。 言ったことはやってくれる男だ。 孝美は嬉しくて思わず指に力をこめてしまった。
「いてっ。 やめろ、馬鹿力!」
「ごめん。 じゃ、明日の、ええと、六時から蓮暁寺〔れんぎょうじ〕で待ってるって伝えて。 七時まで待って、来なかったら帰るから」
「おう。 蓮暁寺で六時だな」
ちゃんと復唱して、柿崎は大きな張りぼての頭を縦に揺らした。
翌日は木曜日だった。 週末が近いのでクラスはだれ気味で、休み時間になってもなかなか理科室に移動せず、小さなかたまりになって教室のあちこちにたむろして雑談していた。
もう行かないと遅れる、という五分前に、ようやく生徒たちは教科書をまとめ出した。 そのとき、小柄な小瀬〔おぜ〕という女子生徒が駈けこんできて、高い声で告げた。
「ねえねえ、知ってる? 森本洋介がさ、学校やめるかもしれないんだって!」
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