表紙

羽衣の夢   2 見つけた子

 まばたきを忘れた晴子の目と、赤ん坊の丸い瞳がしっかりと合った。 つややかな瞳に、灰色の空から洩れ出た太陽の輝きが、星のように宿った。
 泣かずにただじっと大人の目を見つめている赤子を、晴子は電光石火で抱き取った。 興奮と緊張で全身が強ばり、歯ががちがちと鳴った。
 懐に小さな命を抱えこんで、残酷な世界から庇うとすぐ、晴子は軽くなったトランクを片手で掴むと、首を縮めたまま裏口に走った。 そして、家に入ったとたん腰が抜け、台所の板の間に座り込んだ。


 赤ん坊は、まだ泣かなかった。 無意識に腕であやしながら、初めは満ち足りた思いにひたっていた。 でもやがて、弱っているから動かないのかもしれないと思い、今度は恐怖で取り乱しそうになった。
 そのとき、思い出した。 登志子が生まれる前に申請した配給で、粉ミルクが支給されている。 でも生まれてすぐ母乳があふれるほど出たから、これまで手をつけていなかった。 元気を取り戻した晴子は、まず子供を畳の間の座布団に寝かせ、湯を沸かしはじめた。
 火がつくと、すぐ赤子の傍に戻って、おむつを換えた。 女の子だった。
 晴子は喜びではちきれそうになった。 小さな体に巻きついた着物を取ると、下にはちりめんの長着を着ていた。 真っ白なレース飾りと可愛い小花の刺繍がついている。 器用な母親が丹精こめて作ったか、高級デパートで入手したような立派な服だった。
 冷たい外気にさらされた赤ん坊は、初めて顔をしかめ、腕を振って小さな泣き声を上げた。
 大丈夫、元気だ!── 晴子は嬉しさに喉を詰まらせた。 でもまだ先はわからない。 少しでも油断しないで見ていなければ。
 湯はすぐ沸いた。 人肌より少し熱いぐらいにさまし、規定通りにミルクを入れた哺乳瓶を、晴子はおそるおそる赤ん坊の口に近づけた。
 すると、まるで待っていたように、ちびさんは哺乳瓶にむしゃぶりついた。 小さな両手をしっかりと、ずんぐりした瓶に持ち添えて。
 ミルクで育てていたのかもしれない、と、晴子はそのとき思った。


 赤ん坊は、晴子の子より大きかった。 たぶん生後三ヶ月は経っているだろう。
 それでも晴子は、もう決めていた。 この子は私のところに来る運命だったのだ。 私のものだ!




 半時後、町の寄り合いから帰ってきた母は、家に入ったとたん小さく歌を口ずさむ声が聞こえたので、びっくりして呼びかけた。
「どうしたの? やっと元気になった?」
 だが次の瞬間、娘がもぞもぞ動くものを抱いて襖〔ふすま〕から出てきたため、あんぐりと口を開けて固まってしまった。



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