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表紙


39 犯人探しは



「さあ、上がって」
 斉が円香をせきたてるのと、保が二階の自室から降りてくるのがほぼ同時だった。 彼も曲がり階段の途中で円香の青ざめた顔に気づき、とたんに足を速めて駆け下りてきた。
「どうした?」
 半分スリッパを履きかけていた円香は、保の顔を見た瞬間に両手を伸ばし、周囲を忘れて抱きついてしまった。 それぐらい、彼の存在は大きかった。
「車に……轢かれかけた」
「ええっ?」
 保の声が珍しく裏返った。 その横で、斉がぴしっと訂正を入れた。
「轢き逃げされかけたの」


 それからはちょっとした騒ぎになった。 父は息子たちと円香をいっしょくたに抱くようにしてリビングに押し込み、のんびりキルトのバッグを作っていた母は急いで立ち上がって、気分が落ち着くというハーブティーを作り始めた。
 円香が父と保に挟まれてソファーに座ったのを見計らって、斉が事情を説明した。
「宅配の配達のふりして、誰かが円香さんを表まで呼び出したんだって。 でも荷物なんかなくて、この人が宅配の車探しに行こうとしたら、でかい車が横井さんちの角から急に曲がってきて、すげースピードで走り抜けてったんだ」
 円香は、懸命に声がふるえるのを抑えながら、後を継いだ。
「たまたま斉さんがコンビニから帰ってきたところで、腕を引っ張って助けてくれたんです。 命の恩人です」
「へえ、よくやったわね、斉」
 母親が目をきらめかせてハーブティーを二人の前に置いた。
「円香さん、もう大丈夫よ。 ここにいれば安全だからね」
 唖然としていた父親がつぶやいた。
「こりゃ大変だな。 お母さんオレにも一杯」
「はい、保も飲む?」
「うん、もらう」


 とりあえず全員が熱いお茶を飲んで、少し落ち着いてから、事件の検討が始まった。
「大垣さんですね? と言ってきたんだから、あそこの住人を狙ったのはまちがいないな」
 これは父。 保は沈痛な顔をして右腕で円香を抱き寄せていたが、そこでいがむように呟いた。
「かわいそうに。 今朝まであんなに明るかったのに」
 今朝、というところで斉が顔を上げ、一瞬妙な表情を浮かべた。 口では何も言わなかったが。
 母が考え込みながら言った。
「そいつが来たの、円香さんが本格的に引っ越してきたすぐ後よね。 大垣邸に蔦野さんを守る人が現れて、邪魔でしょうがないんじゃない?」
「それが一番理解できる説明だな」
 父親もうなずいた。 すると保がハッと顔を上げた。
「もしかして、DNA送るとか言ってた遠い親戚か?」
「え?」
「えっ?」
 父と母の声が揃ったので、口の固い保もようやく、蔦野が半分脅されたような形で電話に出たのを説明した。






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