表紙
・・・貿易風・・・ エピローグ1

 紺と灰色の囚人服をまとい、両足首を鎖でつながれた姿で、囚人三十二号は粗末な馬車から降り立った。
 もう二年半、番号だけで呼ばれている。 それまでスティーヴ・ヒューイットという名前があったことさえ忘れてしまいそうな、単調で苦しい毎日だった。
 白い制服を着た看守が、突き飛ばすようにして、外の労働から戻ってきた囚人たちを確認した。
「二十七号、三十二号、四十一号……よし、集団房へ戻しておけ」
「はい」
 警棒を持った若い看守が三人を連れていこうとしてとき、白服が思い出した。
「そうだ、三十二号はいい。 面会人が来てる」
 スティーヴは、はっとして顔を上げた。 どんよりした目に僅かな生気が蘇った。
「あの、女ですか? 若い? それとも中年の?」
 白人用の刑務所は一般のものと違い、デリーの傍に設置されていたので、はるか離れた地にいるジャナたちは、これまでなかなか面会に来られなかったのだ。
 しかし、看守はにべもなく答えた。
「いや、男だ」
 スティーヴの背中が、がっくりと丸まった。

 面会室は、がらんとした細長い部屋だった。 足をひきずるようにして中に入ったスティーヴを見て、窓の近くに立っていた男が、素早く近づいてきた。
 張りのある声が尋ねた。
「スティーヴ・ヒューイットさんですね?」
「はい」
 麻のスーツを着た清潔な容貌の男を、スティーヴは無関心な目で見返した。
「失礼だが、見覚えのないお顔だが」
「初めてお目にかかります」
 ここしばらく耳にしなかった上品な言葉遣いで、男は答えた。
「シドニー・アトウッドといいます。 お嬢さんのセーラに結婚を申込んで、受け入れてもらいました。 それで、お父さんの許可を頂くためにやってきました」
 スティーヴの視線が大きく揺れた。 体も驚きに釣り合いを失って、よろめきそうになった。
「ちょっと……座っていいですか?」
「ええ、もちろん。 作業から戻ったばかりでこんな話をして、びっくりさせてしまいましたね。 すみません」
 二人は無骨な木の椅子に、向かい合って座る形になった。


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