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表紙

crimson sunrise
―エピローグ7―

 親族友人用の会場にいたカルテットは、さりげなく大ホールの楽団に紛れ込み、イージーリスニング風にサン・サーンスやレスピーギのメロディーを奏でていた。
 移動する間に通る控え室で、香南はすばやくオーバードレスをベビーブルーのボレロに着替えた。 すると、真っ白なレースのスカートが表に出てきて、一段と豪華な装いになった。
 こちらの会場には、明るい笑顔と落ち着いた声の男性司会者がいた。
 彼の紹介で、花嫁と花婿が、サテンとチュールをふんだんに使って波のように仕上げた段に現われ、盛大な拍手を浴びた。
 そして、型どおりの短い挨拶で再び拍手を貰うと、すぐ食事会が始まった。 ウェディングケーキ入刀とか、主賓の挨拶とか、一切なしだった。


 料理の一点豪華主義だと、プランナーは初めから決めていた。 蔦生と香南も大賛成だった。 なにしろ大物の知り合いが多すぎて、挨拶してもらうとなったら順番から時間からどれだけ気を遣うことになるか、見当もつかなかったからだ。
「おいしい食事が一番ですよ。 腹いっぱい食ったら後は眠くなるだけで、文句言う気力がなくなりますからね」
 ということで、この披露宴は、アレルギー物質を併記した立派なお品書がテーブルに置かれ、来賓が好きなメニューを選ぶというレストラン形式になった。


 デザートも色とりどりで、文句なくおいしい物を厳選した。 客たちが充分満足したのを見計らって、会場に付属するパイプオルガンが『いつも何度でも』を演奏し、香南の好きな歌だと紹介された。
 そして、フィナーレとなった。 オルガンは、続けて『いい日旅立ち』を弾くことが発表された。 それは、蔦生の両親の愛唱歌だった。
 歌っていただけると嬉しいです、と蔦生が前置きした後で、伴奏が始まり、来賓たちがメニューの下に印刷された歌詞を見ながら、声を合わせて唄った。
 最後の音が消えると、蔦生と香南は立ち上がって、深々と頭を下げた。


 一時間半の、すっきりした宴だった。 香南は、お色直しの代わりにボレロを脱いで、上半身の流れるような細かいプリーツを表に出して、優雅なドレス全体を披露した。
 客たちは満足して、退場していく新郎新婦に万雷の拍手を贈り、口々に祝福の言葉を投げかけた。




 大成功の短い宴が無事終わった後、二人は三日間の国内小旅行に出た。 行く先は、秘書の摂津しか知らない。 ゆっくり休んで、何も考えないで、ただひたすらのんびりしたかった。
 初日は本当に望み通りになった。 居心地のいい小さな温泉宿で、上げ膳据え膳でぐだぐだ過ごした。
 二日目だけは、近くにある低い山に登った。 てっぺん近くに建つお寺にお参りし、おみくじを引いた。 香南が大吉で、蔦生が中吉だった。
「大吉はもちろんいいけど、中吉もいいんだよ。 ほどほどに長く運が続くんだ」
 負けず嫌いだな〜と思いながら、香南は微笑んだ。
「そうね〜。 そっちのおみくじも望みがすべて叶うようなこと書いてあるし」
「ほんとだ。 結構あるよな、どっちがラッキーなんだって突っ込みたくなるようなの」
「今日は、どっちも良くてよかった」
 話しながら下りていく小道から、盆地に寄り添うように固まっている村が見下ろせた。
 青一色の空に、綿菓子の形をした雲がふわりと浮いている。 絵本のような光景だった。
 美しい風景をバックに写真を撮ってから、二人は腕を組んで、もう一度じっくりと景色を眺めた。
 やがて香南が、ぽつりと言った。
「九月ごろだって」
 そよ風に心地よく吹かれていた蔦生は、一瞬ピンと来なかった。
「え? 何が?」
 香南は目を伏せ、頑固に繰り返した。
「だから、九月ごろなの」
「だから何が……。 あっ!」
 いきなり蔦生は息を呑み、香南の前に立ちはだかった。
「ほんと?」
「うん。 おととい調べてね、それからお医者さんにも行った」
「うおー〜〜っ」
 いきなり蔦生が吠えたので、香南はびくっとなった。 彼は構わず、腕一杯に香南を抱きしめた後、あわてて力をゆるめた。
「おっと、痛かった?」
「そんなでも、ないよ」
 ちょっと息を切らしながら、香南は答えた。
 それから、日の光を一筋残らず集めたような笑顔になった。





[終]












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