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双曲線  68 退院の準備


 翌日の午後には、直史の後片付け手伝いを兼ねて行った。 身一つで入院したといっても、バスタオルや肩当て、退屈しのぎの雑誌など、いろいろ必要品が溜まってくる。 担当医師には、念のためもう数日入院したほうがいいと勧められたが、直史はどうしても帰りたがった。
「母が事故のこと聞いて心配してるって。 すぐには実家に戻れないけど、マンションからならいくらでも電話かけられるんで、安心してもらえる」
 そう言って、直史は薄型のタブレットを苛立たしげにポンと叩いた。
「ほら、カメラついてるから、テレビ電話みたいに通信できるんだ。 でも向こうのテレビやパソコンにつながってない。 ミチオが機械に弱くて、そういうのまったく駄目なんだ。 この前実家に戻ったときに、僕がやっとけばよかったんだが」
「ミチヨ? お母さんを名前で呼ぶの?」
「ちがうちがう。 退院するまで、僕の代わりに母さんの面倒見てくれてる親戚。 ミチオって呼んでるけど、ほんとは通久〔みちひさ〕」
 ああ、なるほど。 そういう親切な親戚がいて、直史さんは運が良かった、と、優美はホッとした気持ちになった。
「いい人ね。 本人も忙しいと思うのに」
「まあね。 ただ、彼は自由業なんで、時間はわりとやりくりが効くんだ」
 直接話せたら、すぐお母さんに私とのこと報告するだろうか──そう思うと、嬉しさ半分、不安半分で胸が騒いだ。 もしだけど、反対されたらどうしよう。
 気を紛らすために、優美は忙しく手を動かした。
「この本どうする? 持って帰る? 宇宙のことなんか書いてあって、面白そうだけど」
 科学雑誌をチラッと見て、直史は首を振った。
「二度読んだから、もういいよ。 これと一緒に置いていく」
 そう言って直史がサイドテーブルの引出しから持ち上げたのは、天文学的に小さな布しかまとっていない女の子の写真集だった。
「あれれー」
 優美が笑うと、直史も苦笑しながら天井を仰いだ。
「誰の差し入れか、わかるよね」
「たぶん、深谷さん」
「正解〜。 怪我してる男にこんな物持ってきて、どうせぃって言うんだろ」
「自分がほしいものを買ってきてくれただけじゃない?」
「じゃ、あらためて彼に返すか」
 喜んで持ち帰るかもしれない。 優美は声を立てて笑った。


 退院時刻は、翌朝の八時半。 一番の早さに決まった。 優美は彼のマンションの合鍵を渡されているので、これから一足先に行って、部屋に風を通し、帰ったらすぐ気持ちよく使えるようにしておくことにした。













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