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表紙

双曲線  1 最初の一歩


 カフェテラスに一人座っていると、目の前の街路を右に左に通り過ぎていく連中が、みんな幸福そうに見えた。
 何を幸福というかは、人によって変わる。
 そんなことぐらいわかっているけど、ただ、幸せの基礎になる一般的な条件は、ちゃんとあると思う。
 それは健康・充分な衣食住・そして金だ。


 その三条件とも満たしていると言える、と思うと、一瞬だけ嬉しくて胸がときめいた。
 後は、ふさわしいあの人を手に入れるだけだ。 人生を心ゆくまで楽しむために。







 優美〔ゆみ〕は、ストローの音が鳴らないよう注意しながら、グラスの中のフローズンソーダを飲み干した。
 目の前には大学の友達がいて、部活のことを盛んに話し合っていた。 二人とも演劇部で、女子のほうが優美を見かけて呼びかけると、男子も一緒についてきたのだ。
 次の公演が間近に迫っているため、どちらもハイになっているようで、裏話が延々と終わらない。 たまに相槌を求められても適当に返しておけばいいから、優美はかえって気楽だった。
 このところ、何に対しても興味が持てない。 退屈そのもので、授業に出てもうっかり瞼が落ちていたりする。
 だからといって刺激を求めているわけじゃない。 おとなしい校風の大学に通っているせいで、クサ(大麻)や副業AVなどの話は遠い噂で聞くだけだし、興味もなかった。
 ただ、かったるかった。


 そうなった主な原因は、一昨年の交通事故にあった。 腰骨と大腿骨を折り、二度の手術を受けた上、一年間の休学を余儀なくされた。
 だから今、前で派手に笑い会っている男女ペアは、ほんとなら一コ下の連中だ。 たった一年の差なのに、やたら元気に見える。 自分が老けた気がして、いっそう疲れた。


「ねえ小暮〔こぐれ〕さん、小暮タン?」
 手が手首に重なってきて、ぐんぐんと揺すぶった。 焦点のずれた目を通りにぼんやり据えていた優美は、我に返って首をめぐらせた。
 その途中で、視線が一つの姿を捉えた。
 なんか見覚えがある。 でもはっきり思い出せない。
 どこであったっけ。 思い出そうと眉を寄せた瞬間、相手が軽く会釈した。
 すっきりした顔に、ほのかな微笑をただよわせて。








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