それは、刺すような視線だった。
後ろを振り向かなくても、トリシーにはわかっていた。 じっと見つめられていることを。 しかもその視線には、氷のような冷たさと、鋼以上に堅い意志が込められていることを。
トリシーはゆっくり進み出て、できるだけ明るい声で頼んだ。
「もうちょっとペダルを下げてもらえないかしら。 膝がつかえるようで漕ぎにくいの」
「やってみますがね、お嬢さん」
噛みタバコを土間に吐き散らしながら、スカーフを粋に一巻きした若者は言った。
「ここら辺じゃ娘っ子の自転車乗りは珍しいんで、ガキどもがついて歩くかもしれませんぜ」
「いいわよ、子供は好きだから」
トリシーは平気で答え、背後の視線を意識しながら修理工の若者に近づいて、なれなれしく手をかけるような仕草をした。 あくまでも仕草だけだったが。
とたんに背後で咳払いが聞こえた。 若者は顔を上げ、道に立つ男の姿を認めて、慌てて帽子を取った。
「これはコートニー様」
「拍車を預けていたんだが、直ったか?」
「はい、こちらで」
トリシーと話していたときよりぐっと丁寧に、若者は男を中へ導き、奥の箱からピカピカ光る拍車を1組取り出してみせた。
「いかがでしょう。 ここをなめらかに削って、馬の皮膚を傷つけないように改良しました」
指で回してみて、コートニーと呼ばれた男はうなずき、金貨を取り出して無造作に若者に渡した。
若者はびっくりして金貨を眺め、それからなぜか横にいたトリシーを見た。 ボッタクリと非難されると思ったのかもしれない。
「コートニー様。 これじゃ多すぎます」
「今は他に持ち合わせがないんだ。 それじゃ……はみを見せてもらおう。 持ってきてくれ」
金を返さずに品物を売りつけられると知って、若者はいそいそと奥へ消えた。
狭い店に2人きりになると、トリシーはひどい圧迫感を覚えた。 彼は気付いている。 なぜこの小さな村にトリシーが現れたか、なぜ派手な服装で毎日目抜き通りを歩くのか。
あまり刺激すると怖い気がした。 メグはよく話してくれたものだ。
「ロジャー・コートニーは大理石よ。 硬くて、冷たいの。 それに絶対自分を曲げない。 彼がそばへ来るだけで冷や汗が出たわ」
今日はここまでにしておこう。 トリシーは体を乗り出すようにして、奥に呼びかけた。
「じゃ、明日また来るわ。 よろしくお願いね」
「わかりやした」
間延びした声が返ってきた。
引きずらないように軽く裾を持って、トリシーは向きを変えた。 そして、ほっとする思いで外に一歩踏み出したとき、一足先にコートニーの大きな体がよぎり、前をふさがれた形になった。
トリシーは精一杯姿勢を正した。 いくら体を伸ばしても、小柄だからロジャー・コートニーの身長には及びもつかないが、せめて気持ちだけは負けないでいたかった。
「通してくれません? 勤め先に帰りたいので」
「アランに会いたいんだろう?」
まさか、ずばりと言われるとは思わなかった。 トリシーの頬が小さく痙攣した。
「会わせてもらえるんですか?」
「ああ」
と、コートニーは言った。 それから、もう一言付け加えた。
「何なら、結婚させてやってもいい」
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