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ケーキを作ろう! 5


 2人の願いが通じたのだろう。 スポンジ・ケーキは2つとも大成功だった。 ふんわり濃い小麦色に焼けたドーム状のケーキを、博はいつまでも見飽きない風に見つめていた。
「なんか、すげえよ。 オレ達が作ったなんて思えない」
「ほとんどコンちゃん一人で作ったんだよ」
「いやいや、全部マミさまのおかげでございます」
「なんか、そう言われると」
  真美子はにやついてしまった。 たくさんのきょうだいが博の周りに寄り集まって、ケーキを塗りたくるところを想像して、気持ちがほんわかしてきた。
「生クリームも、お砂糖入れてから、さっきの卵みたいに角が出るまで泡立ててね。 ちがうのは、洗面器に氷入れて、その中にボールをいれて混ぜるとこ」
「わかった」
  すでに自信満々の少年は、明るく答えた。

  すっかりケーキが冷めてから、2人はアルミホイルをダンボールの空き箱に入れてそっとケーキを置き、キッチンペーパーを間に詰めて形が崩れないようにした。
  学期末で荷物が多いから、真美子は博のカバンを持って、駅まで送っていくことにした。
「悪いな。 これでも部活のものは部のロッカーに詰めてきたから少ない方なんだけど」
  大事そうにダンボール箱を捧げ持って、博は恐縮した。 急いで首を横に振りながら、真美子は心の中だけで答えた。
( 悪くないよ、ちっとも。 私が一緒にいたいだけなんだから )

  駅で手を振って別れて、帰り道に気付いた。 お互い電話番号を知らない。 うちに帰ってうまく飾り付けできたかどうか、知りたかったのに。
「くそっ、失敗した」
  同じ時、電車の中で、近藤博も同じ事をつぶやいていた。


  それでも翌日の夕方、電話はかかってきた。 リビンクの家庭用電話がヒュルヒュルと鳴ったので、一番そばにいた真美子が取ると、きびきびした男声が流れ出してきた。
「えと、こんばんは。 近藤といいます。 真美子さん、いますか?」
「いますよー」
と真美子が答えると、電話の向こうの声は一気に緊張感を無くした。
「マミちゃん? オレ。 あのさあ、あれ、よかったよ! 大成功!」
「おめでとう!」
  電話のこっちで真美子も笑顔になった。
「最初に一個だけやってみてさ、間に酒はまずいから蜂蜜塗って、それでいろいろフルーツ置いてみたんだよ。 上に一本ローソク立ててさ、すっごいいい出来だったんだ。
  そんでちょっと目離してた間に我慢できなくなったらしくて、勝手に切って食っちまいやがんの。 ケータイで、出来たの撮っといてよかったよ」
  真美子はくすくす笑った。
「また本番前に作ればいいよ。 きっとお宅のお釜でもできるよ」
「ちょっとよそう、その言い方。 おかまって」
「やーだ、何考えてるの」
「いろいろ」
  ソファーに引っくり返って、真美子は笑い転げた。
「ぶぁーか」
「コンちゃんのバカってか? よく言われる」
「本気じゃないよ」
「うん、それも言われる」
  それから博は声を低めた。
「なあ、ケータイの番号教えて」


 3学期の始業式の日、クラスメイトと校庭を歩いていた真美子は、右のグラウンドで青と白のジャージが走り回っているのを見て、足を止めた。
  友達の理佐も立ち止まり、目をまぶしそうに細めてサッカー部員たちを眺めた。
「もう練習始めてるのね」
  数人の敵を引き連れて、近藤博が走ってきた。 少し伸びた髪が日光に透けて黄金色に光っている。 博は追いすがる守備陣をなんなくドリブルでかわし、インサイドキックでビシッとゴールを決めた。
  横に数人かたまっていたファンたちから拍手が起きた。 だが博はそっちには向かず、まっすぐゴールの後ろを見て、真美子と視線を合わせると、急に左手の薬指にキスし、その手をグンと差し出した。
  オーッというどよめきが部員たちの間に走った。 何の動作かわからず、それでも周りの反応に戸惑って、真美子はぱっと赤くなった。 それで、理佐に気付かれてしまった。
「あれ? 近藤の投げキス、君に?」
「投げキス?」
  今度こそ、真美子は火のように顔を真っ赤にした。 理佐はすっぱい笑顔になって、肩でドンと真美子を押した。
「あれはね、リングにキスして奥さんに送るジェスチャーなの。 マミ、いつから近藤のオクサンになった? ん?」
  真美子は首をすくめて下を向いた。 冬休み中、何回デートしたかな。 5回? いや、6回…… 一番の遠出は、お台場まで行って観覧車に乗ったときだった。 あのときは、ファーストキスで…… うわあー! 
  気がつくと、博がボールを持って真ん前に立っていた。 そして、ちょっと息を乱しながら言った。
「今日は一緒に帰れないけど、電話してな」
  真美子はごく小さな声で答えた。
「うん」
  ゴール付近から大声がかかった。
「おいっ、水川のダンナ! 練習さぼるな!」
「ほい」
  軽く答えて、博はさっそうと走っていった。 踵が太腿につきそうな、軽快な走りが美しかった。
 


※ このケーキの作り方は、こちらのホームページを参考にさせていただきました。


 



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