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ケーキを作ろう! 1


 

 スチールの机にだらんと上半身を伸ばして、ついでに右腕をぶらぶらさせながら、真美子は話していた。
「そいでさ、炊飯ジャーに全部入れて、焼けるの待ってる間にクリーム泡立てて、リンゴとかバナナとかむいて、細かく切っとくのよ。 チェリーとかもよいよ。
  最後にこう、横にスライスしてさ、生クリームぺったぺった塗って、果物とかトッピングして、重ねるの」
「うまそー。 あのね、バナナってむいた後レモン汁かけとくと茶色くならないの知ってる?」
「聞いたことある」
「めんどくねー? 私ならお酢かけちゃうね」
「味、変わるって」
  女子が4人ほどでわいわいやっている横で、男子は男子で固まって違う話をしていた。 明日から冬休みだ。 それは楽しいのだが、その前に通知表渡しという気の滅入る行事がある。 高2の冬という微妙な時期で、男の子たちは少し真剣になって予備校情報を交わし合っていた。
  その一人が女子の方を振り向き、声をかけてきた。
「のんびりしてていいよな、水川は。 家でケーキなんか作ってんのかよ」
「安くできていいよー。 聞いて驚くな。 直径20センチのクリスマスケーキで、材料費全部合わせて580円! まあバターと牛乳は家にあるやつ使ったけどね」
「買えば2、3千円ぐらいするよね」
「俺、アイスクリームのやつ好き」
「うちは毎年チョコレート味だよ」
  面白くなさそうに、学級委員の武田が言った。
「俺、甘いもん駄目」
  ちょっと白けた空間に、先生が入ってきた。

  硬直、にんまり、落ち込み、と、それぞれの時間が過ぎた後に、生徒たちはあまり意味のない学期末大掃除を終え、家路についた。
  駅まで徒歩で20分はかかるので、たいていはバスに乗る。 だが真美子は反対方向だから、ひとりで歩いて別の鉄道駅に行くのだった。
  制服のスカートをベルトのところでたくし上げてミニにしている。 風が吹くとさすがに寒い。 ペッタンカイロ持ってくりゃよかった、と思いながら歩いていると、横を青いスニーカーが追い越し、立ち止まり、真美子が自然に追いついたところで並んで歩き出した。
  誰だい、と思ったが、顔を向けるのが面倒なのでそのまま歩いた。 すると間もなく、上から20センチぐらいのところから声が降ってきた。
「あのさ、ケーキって、自分で作れるのか?」
  地味な声が意外な質問をする。 真美子は好奇心で目を上げた。
  横にいたのは、近藤博だった。 よくありそうな名前だが、本人はめったにいない才能の持ち主だ。 非常に強いサッカー部のキャプテンで、都の代表選手でもあった。
  彼の方も、短く刈った頭が寒そうだった。 これまで直接口をきいたことがなかったので、真美子はぎこちなく小声で答えた。
「うん、できるよ」
「ほんとに炊飯器で?」
  なぜに詳しく知りたがる。 
  冷たい木枯らしが道を横断して枯れ葉を巻き上げてきた。 真美子はマフラーの端を引っ張って顎を埋め、あまり口をあけずに言った。
「できたよ。 うちの炊飯器だと」
「いろんなの、あるのか」
  ちょっとがっかりした調子で、近藤博は考えこんだ。 これは一時の興味で訊いてるんじゃないなと気付いて、真美子は尋ねてみた。
「作ってみたいの?」
  まさかと思ったが、近藤はためらいなく答えた。
「そう」
 

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